日本特有の人間関係が煩わしくて海外へ目を向けてみた
我慢は美徳?
もともと人間関係は得意ではなかった。
自分中心に振る舞うことは難しく、絶えず人目を気にしたり相手を気遣いすぎたりして、疲れてしまうから。
それは幼少期からそうなので自然とそのスイッチが入ってしまうので、そうしないようにすることは無理に近かった。
それでもここまで一応表面上は社会人としてやってこれていたのは、成長に伴い少しずつ自分なりのスキルを身につけていっていたからだと思う。でも、それが落とし穴だったかも。
なんとか繕うことができてしまうおかげで、最悪の状態に直面する時を先延ばしにしていただけで、もうその頃にはパワー0になっていた。会社員時代に無理しすぎて体調不良に陥った話は前回した。
休職を経て退職したことで私はかけがえのない健康とあまり余る時間を手に入れた。
我慢することを辞めて、楽に生きる選択肢を手に入れた。
自分のために自分の人生を生きる選択肢を手に入れた。
我慢。
子どもの頃、我慢しなさいとはよく言われた。
「お姉ちゃんだから我慢しなさい」という理不尽なことを言われた。自分では決めることができない生まれるタイミングを理由として叱られたり、諦める根拠とさせられることに対して納得できずイライラしていた。
だけど、親は絶対的な存在で逆らうことはできないと思い込んでいたので、不満を持ちながらも仕方がないと割り切るようになっていった。
そのためか、我慢することに慣れていた。
他者に何か言われてもある程度のことは受け入れるし、飲食店で待たされても根気よく待つし、怒りの感情があんまり湧かないし、文句を言おうとも思わないし。嫌な気持ちになることはあるけど自分で折り合いをつけることで過ぎていく。誰にも気づかれることなく、自分の感情は自分で処理する。それでいいと思っていた。
友人があんまりいない。
昔は今よりもかなり体裁を気にしていたので友人もいたのだけれど、無理して付き合うことを時間の無駄と感じるようになり、自ら関係を断ち切ってきた。
そもそも話が合う、一緒にいて面白いと思える人が身近にあまりいなかった。なんでそんなことで笑えるのかと不思議なくらい興味の対象が違うから、無理して合わせようとすることは苦痛でしかない。
例えば、他者の噂話や家族の話題、流行りの服やお店、食べ物。それって結局自分ではなくて自分以外の人か物の話。同じような服を着て同じような顔をしている。
自分の意思で行動しているように思うかもしれないけど、メディアや企業に踊らされているようにしか見えない。とにかく外見を着飾ることに必死だけど自分がないように見える。
反面、一人は楽だ。好きなことに没頭できる。幸い夫とは気の合う部分が多くあるため、唯一多くの時間を共有している他人。
仕事が一番大事?
以前は、仕事は大事、社会とのつながりを維持するために必要不可欠であると思い込んでいた。
社会的価値として、仕事してる人>仕事してない人 という図式が頭の中にあった。仕事してない人のことを少なからず見下していたと思う。ごめんなさい。
仕事を辞めてみて強く感じたのは、仕事は生活の一部に過ぎない。本来の目的は生活、そのための糧を得る手段の一つが会社員。
でもいつの間にか仕事が最大の目的で最大の価値のように錯覚してしまっていた。
仕事をすることで得られるものもあるけど、見失うものが多すぎる。
そのことに気づけただけでも仕事を辞めた価値はあると思う。
そして、仕事していれば最低限の人間関係を円滑に維持することは必須で、苦手だけど頑張って取り繕っている面があった。
だけど、自由になった今、人間関係だって嫌なものは手放したっていいし、無理して続けなくてもいいし、心地よいつながりだけ持てばいいじゃん!ということに気づき、人間関係の我慢を手放すことにした。
煩わしい人間関係から逃れるために
私の中の日本人特有人間関係の煩わしさビッグ3は、
⑴同調圧力
⑵空気を読めという空気
⑶本音と建て前を使い分けてくる
なんとなくずーっと生きづらさに悩んだり苦しんだりしていた。
自分は少数派だからしょうがないと諦めつつ受け入れようとしていた。
でも、違う選択肢もあるのかもしれない。
もしかしたら他国の人だと気の合う人が見つかるかも、日本社会に馴染めなかったら無理に馴染もうとせず、別の社会を探してみるのも一つの手ではないか。
世界は広いのだから。
これが私が海外へ興味を抱いた理由。
縛られるものがなく、自由な時間があったからこそ、頭が柔軟な発想へ至ったのかもしれない。30数年生きてきて初めての思いつき。
次は、海外への興味から英語の勉強を始めるに至った話
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