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公開する勇気


作品の投稿先を決めても、公開するのは非常に勇気のいることです。もし怖気づいてしまったとしても、自分を情けなく思う必要はありません。

かといって、公開して堂々としている人がみんな自信を持っているわけでもありません。作品を公開するという大きな挑戦に価値を感じているから、勇気を出せているのです。そして読者の前で卑屈に振る舞って自分だけ予防線を張るような行為は、わざわざ読んでくれる人に対して失礼だとわかっているから、堂々としているだけです。投稿ボタンを押す指は震えていたかもしれませんし、公開後に人知れず泣いていたかもしれません。

ですから自分の勇気のなさから目を背けるため、公開している人に対して「自信満々なんだね」なんていう冷笑的態度を取らないようにしてください。冷笑的態度は他人の挑戦心だけでなく、自分の挑戦心をも腐らす毒でしかありません。怖気づいてしまって当たり前のことを乗り越えてみせた人々に、敬意を払いましょう。そうして敬意を払える対象だからこそ、自分もそこにたどり着こうと勇気を出せるようなります。

とはいえ、それだけじゃ勇気が足りないかもしれません。それもそのはずで、人間の思考方式が足かせになっているからです。

損失回避のミニマックス法

人間は「得るものよりも失うものを優先して考える」というという性質を持っており、その性質は行動経済学において「損失回避性」と呼ばれています。

だから人間の直感というのは、プラスとマイナスのどちらが大きいかを比較すること、つまり損得勘定ができません。直感がやっているのは利益を度外視した「損失の回避」だけです。そのため改めて冷静になって考えないと、損得を比べて得を取るだなんてことはできません。

この損失回避性により、「公開して変に思われたらどうしよう」なんて少しでも思ってしまうと、人間の直感はまずその損失を回避しにかかります。これこそが公開を躊躇してしまう理由です。

そうして人間が損失回避性に振り回されてしまうのも、仕方のないことです。そもそも自然界ではちょっとの損失が死に繋がります。しかもホモ・サピエンスは単体としては非常に弱い動物ですから、大きな利益を一気に獲得することもできません。

となると最大の損失である死をとにかく回避する戦略が合理的です。利益は生き残ってから考えればいいことです。こういう最大の損失を最小化していく戦略はゲーム理論では「ミニマックス法」にあたるので、人間はミニマックス法をデフォルトのモードとすることで生存してきた種とも言えるでしょう。

したがってあなたがもし公開する勇気を出せなかったとしても、少しもおかしなことではありません。大事なので繰り返しますが、少しもおかしなことではありません。

損得勘定モードへの切り替え

ミニマックス法が人間のデフォルトのモードとはいえ、現代ではちょっとやそっとじゃ死にません。作品を公開する行為に限定すればなおさらです。

しかもミニマックス法を採用する限り、大きなリターンが見込めても損失回避が優先されます。作品を公開することで得られる楽しさがわかっていても、損失回避のために見送らざるを得ないのです。だからミニマックス法から損得勘定に切り替えるべきです。

コツとしては、得に目を向けることです。人間は確実な損失が目の前にあると直感で回避してしまいますが、確実かつ大きな得も同時に認識すれば、踏みとどまります。それでも損失のほうを大きく見積もってしまうものなので精度の高い損得勘定ではありませんが、損得勘定モードにはなります。

そのため、作品を公開することの具体的な価値を確信することが何より重要です。

想像してください……
投稿して誰かに読んでもらうことを。
読んだ人が楽しんでくれることを。
かけがえのない創作仲間ができることを。
誰かにとって大切な作品になることを。
誰かに素敵な感想をもらえることを。
素敵な感想を読んで幸せな気持ちになることを。
感想によって次の作品の意欲とアイディアが溢れ出ることを。
そして自らの成長を実感できることを!

もちろん、良いことがすべて起こるとは限りません。ですが上級者でもない限り、たとえ誰にも読んでもらえなくても、書いて公開するだけで確実に成長するものです。

読まれなくても成長する理由としては、「セルフフィードバック」という現象があるからです。要は自分なりの気付きを得られるということです。人は誰しも、物事を正確に認識できていません。しかし同時に、常に軌道修正をしていけるものです。だから自分を客観視できるタイミングがあれば、そのぶんだけセルフフィードバックの機会が訪れ、前より少し正しい方向に近づけるのです。

もちろん、セルフフィードバックにもスキルはあります。ですから書いた時点で十分なセルフフィードバックを得られる人なら、公開したところでそれ以上の成長が期待できないなんて場合もあります。ですがそれは人間として優秀すぎるので、そういうタイプにマシュマロ式小説マニュアル必要かは甚だ疑問です。そのため、多くの人は「公開」という劇的に視点が変わるきっかけを作らないとセルフフィードバックを得られるほど自分を客観視できません。

読まれなくても発生するセルフフィードバックのよくある例としては、「自分が何をしたかったのか」「自分が作品の何を重要視していたのか」の発見です。書く前にそれらを考えようとしてもどう考えたらいいかわからず、堂々巡りをしてしまいがちです。ですが書いて、しかも公開して人目にさらされて視点が変わるきっかけを持つと、格段に見えてくるようになります。「読まれないことで何が実現しなかったことを悔しく思ったか」を知ると、自分が何をしたいのかがわかります。「どこが読まれなかったことを悔しく思ったか」を知ると、自分が作品の何を重要視してるかがわかります。それらを把握することは大きな成長ですが、自分を客観視できるタイミングを持つことでそういったセルフフィードバックが無数に発生します。もちろん他人からのフィードバックもあると大きな相乗効果も生みます。

そういうわけで公開は確実な成長をもたらすので、まずは「自らの成長」という大きな価値を得られることに注目しましょう。

成長するといっても、5%くらいの成長だと1回の挑戦では価値を認識できないかもしれません。しかし成長率というのは複利ですから、たった5%の成長率でも9回繰り返せば1.5倍15回繰り返せば2倍になる計算です。さすがに1.5倍になれば認識できるでしょうから、10回程度やればしっかりと実感できるかと思います。

どうです? 確実で大きな価値を認識できました? 認識できたらもうあなたの頭はミニマックス法じゃなく損得勘定のモードに切り替わったと思います。

損得勘定モードになったら、次は損失が極めて小さいということを認識しましょう。実際のところ、あなたが他人の作品公開についてさほど気にしないように、他人もあなたの作品公開についてさほど気にしていません。だから勇気が出ないときに感じる他人の目は、所詮「自分の中の他人の目」でしかないのです。それは無視できないほどの存在感ではありますが、現実ではないので影響範囲は頭の中だけです。非常に小さく限定的なものです。

翻って公開することで得られる大きな価値や、成長という確実な価値を見てください。架空の存在で小さく限定的な損より、確実に存在し上限のない得のほうがずっと大きいはずです。さぁ、損得勘定で行動しましょう。

ただし、もし損得勘定をした結果が損だったり、自分にとっての得を確信できない場合は、合理的でもありませんし無理して勇気を振り絞る必要はありません。流されて非合理的判断をしてしまうことは蛮勇にすぎません。真の勇気とは、流されず合理的に判断できることです。


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