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養老 孟司・ヤマザキマリ 『地球、この複雑なる惑星に暮らすこと』

☆mediopos2757  2022.6.5

養老 孟司とヤマザキマリ
虫好きの二人の対談

二人が出会ったきっかけは仕事ではなく
虫を通じたご縁だったとのこと

ヤマザキマリ曰く
「養老先生が熱中するのは命を終えた昆虫だが、
私が熱中するのは生きている方の昆虫」

対談の最初は二〇一八年五月
最期の第七回目は二〇二一年一〇月で
途中コロナもありで
本が完成するまで時間がかかったそうだ

話のテーマはいろいろだが
そのなかからピックアップしながら
いくつかメモしておくことにする
対談内容の一部は引用しておいたので
以下のコメントはそこから考えたことなどいろいろ

まず第一回目の対談「役に立たない」を擁護する」から

かつては「成熟」することに価値が求められたが
現代では若さばかりが求められ
しかも「数字で判断できる有用性」で
さまざまなことが評価される

虫好きは「役に立たない」が
ヤマザキマリ曰く
「意思の疎通が成立しない」からこそ
「想像力が刺激される」
それに対して人間社会では
価値観が共有できないと諍いが起こる

おそらく「成熟」しても
数字で判断できるような有用性がないから
老いはただ若さを失うだけのものとしか評価されない

第三回目の対談「旅する想像力」から

現代では考える力は中学生の時点で
その成長が止まってしまうという

「自分がわかるものしか共感できない、
自分が想像できるものしか面白くない」
そんな「バカの壁」がすでにその時点で働いている

シュタイナーは百年前に
かつての人間は歳とともに霊性は成長していったが
人間は成長しようとしなければ
二十七歳頃で止まってしまうといったが
この百年で十歳以上幼稚化していることになる

たしかに中学生でとまってしまうというのは
おそらく高校生では受験のためのことしか
考えなくなるからなのだろう
洗脳が進んでいるということだといえる

第四回目の対談「世界は思うよりずっと複雑だ」から

SNSがこうして広まっている現代では
長い文章を読まなくなり
しかも常識的で答えが一つだけあるようなことしか
考えなくなってきている

ほんとうは「「世界は思うよりずっと複雑」なのに
考えなくてもすむように単純化して
一つの価値観にまとまってしまう傾向が強くある
しかも考えるのではなく検索して答えがでると思っている

第六回目の対談「問題山積、予想のつかないことばかり」から

メディア・リテラシーが欠如していると
メディアで垂れ流されいる情報をそのまま信じ込んでしまう
現代のメディア状況も第二次大戦中の
大本営発表的な検閲情況と変わったものではない

流したくない情報はガセだとされたり陰謀論になったり
ネット上からは排除されたりしていることが
現代ではあからさまに起こっている
そしてそのことに気づいていない人が多くいる

世の中で知的とされている方が
メディア情報を信じ込んでいることが多いのは
教育の影響なのかもしれない
学校で教えられていることやそうした学校的な在り方に
疑問をもたずにきている結果なのだろう
病院で病気を治してもらろうと思いこんでいるのも同じことだ

以上、いくつかメモしてみたが
どうも世を憂える話にばかりなってしまった感がある
せめて「役に立つ」「役に立たない」という価値観を去って
想像力を豊かにしてくれることに目を向けるようにしたい

■養老 孟司・ヤマザキマリ
 『地球、この複雑なる惑星に暮らすこと』
(文藝春秋 2022/5)

(「1「役に立たない」を擁護する」より)

「養老/今の医療はやりすぎですからね。医者にかかると寿命が縮まる。それは統計的にはっきりしているんです。医者にかかっているほうが寿命は短いんだってね。

 医療の歴史を調べるとわかると思うけど、どの時代にも医療には二つの流れがあるんです。積極的な医療と、自然に任せてできるだけ何もしない医療の二つ。積極的医療は診断を正確にという方向へ突き詰めるけど、治療には全然関心がないような医療。かたや十九世紀のウィーンで起きた「治療ニヒリズム」のように、なるべく自然治癒に任せようという流れがある。

(・・・)

養老/現代は特にメディアが一緒になって切り刻むような医療を推奨するでしょう。人間の体は理屈でわかるものだという錯覚を与えている。」

「ヤマザキ/私はそもそも虫を好きな理由って、想像力が刺激されるからなんですよ。意思の疎通が成立しないところが最高の魅力なんです。この世に生まれて在るその在り方が徹底的に違うのもいい。しかし人間社会では、価値観を共有できないことがみんな許せない。倫理が違えばどちらかの筋を通したくて戦争も起こる。

(・・・)

養老/最近日本で聞かなくなった言葉のひとつは「成熟」ですよね。みんな、大人になるのがどういうことかわからなくなっちゃったんですよ。経済も科学も、頭で考えることが万事煮詰まってしまった。でもそれとはまた違ってね。この国は老いと成熟が全然結びついてなくて、老いがひたすらマイナスのものになっちゃったんですよ。

ヤマザキ/そう、若さだけが尊ばれ、がむしゃらに加齢に抗って、昔はもっと老いていくことに対する価値があったと思うんです。

養老/そうですよ。だって、今みたいに「役に立つ」っていう価値観がはなかったですから。お金を振り回すとね、セカイがボコボコになっちゃうんですよ。(・・・)

ヤマザキ/人間には数字で判断できる有用性がないとダメだ、と思ってるんでしょうか。(・・・)

養老/(・・・)数字を測ることがどういうことかわからないからでしょう。だから僕はいつも、「虫の大きさを測ってみてください」って言うの。虫の体長を測るなんて簡単だと思うでしょ? でも手順だって実は簡単じゃない。羽と頭と胸の大きさは別々に測るんだけど、頭と胸の境目を見分けるあたりでまず、最初の難関があってね。
 だから、長さ一つ測るんだって本当は簡単じゃない。それなのに、出てきた統計の数字をなぜ簡単に信用するの。僕は虫の大きさなんて嫌というほど測っているから、そんなに簡単に測れるものじゃないってことはわかってるんですよ。

ヤマザキ/そもそも「統計」っていう言葉が呪術的ですよね。

(・・・)

養老/だから数字が大事だって、数字にすることなんて簡単だと言うけど、すること自体が大変なんです。それで、途中に何か予期せぬ発見があって、そちらの迷い道に入っていったりね。何かを本気で考えるっていうのはそういうことですよ。役に立つか、役に立たないか、それを本気で測ってもいない数字で捉えるようになったらおしまいですから。」

(「3 旅する想像力」より)

「ヤマザキ/最近は若い作家の本棚にも現代日本人作家の本しかないと聞いて驚いたんです。例えばヘミングウェイやドストエフスキーみたいな海外の古典作品は読まないそうです。
 となると、これからはドメスティックなサークルの中でしか文学の芽も開いていかないのかもしれない。自分がわかるものしか共感できない、自分が想像できるものしか面白くないような世界になっていくのかもしれないと、その話を聞いてて不安になりました。つまり、何かを読んで好奇心のスイッチを押されたり、調べたい意欲が触発されるような読書はしないってことじゃないですか。
 私が連載している漫画『プリニウス』には、古代の博物学者プリニウスが、今で言えば根拠の怪しいことも含めて、発見した雑学の数々を描いているわけだけど、読んだ人がそれを機に、いろいろと気になって調べてくれるようになったら面白いな、なんて希望的観測を持ってたんだけど、あまり期待しないほうがよさそうだ。

養老/まあ、「バカの壁」なんですよ。要するに、わかりたくないってことですよ。わかるつもりもない。「わかってやるものか」、これなんですよ。「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトを始めた数学者の新井紀子さんが、中高生の読解力を調べる調査をもとに『AIvs.教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新社)っていう本を書きましたけど、日本の中高生の読解力が危機的な状況にあって、教科書レベルの文章を正確に理解できていないと分析した最後のくだりは、「バカの壁」の話なんですよ。書いた本人は気がついてないんだけどね。つまり、読解力が高くなるのは中学生の時までで、高校生になったらもう伸びない、というんです。

ヤマザキ/それは、中学生の時点で成長が止まって固まっちゃうということですか。」

(「4 世界は思うよりずっと複雑だ」より)

「養老/まずSNSの時代になって、みんな長い文章を読まなくなったでしょう。アメリカの研究結果ですでに出てますけど、何年間かSNSをやっていると、長い文が読めなくなるというんですよね。長いものを読んでいるときは、実は脳は比較的一部しか使ってない。一方で、パソコンを使っているときは、脳を満遍なく使ってるんです。だから最近は脳を満遍なく使うタイプの人が多くなってきた。

ヤマザキ/PCはメンタル・メタボ解消のツールなのか。

養老/そうですよ。だって脳を満遍なく使うと、常識家ができるでしょう? ただそうすると、僕なんかの感覚に照らし合わせてみて目立つのは、議論が一段階で終わっちゃうんですよ。

ヤマザキ/なるほど。無刺激だと発展がない状態になる。

(・・・)

養老/僕は極端に言うと、一つのことを考えても、段階は無限にあるって思うんですよ。でも今の人はそんなの嫌でしょう。面倒くさいっていうかね。その感性はたとえば、歴史をめぐっても出てくるはずですよ。ただいま現在の状況で切ればいいんだ、昔のことは関係ないって。日本人はこういうのが得意でね。(・・・)この国はそうやって、なにもかも水に流して捨ててしまうつもりかって言いたくなるけど、そんな感覚は、今はもっと強いでしょう。一つの価値観にまとまるわけないのにね。

ヤマザキ/まとまらないからこそ面白いといえるのに。

養老/でも医療は完全にそうなりましたよ。

(「6 問題山積、予想のつかないことばかり」より)

「養老/さっきまで山本七平の『日本はなぜ破れるのか 敗因21か条』(角川one手0間21)という本を読んでいたんですよ。日本が戦争に敗れた理由が二十一個書いてあるんだけど、今の日本の問題もここに全部書いてあるんじゃないかと思ってね。(・・・)

ヤマザキ/いまの状況を照らすようなところもありましたか?

養老/メディアなんか典型だね、

ヤマザキ/メディアというのは本来、かなり緊張しながら接するべきものなんですよ。獰猛な動物に近寄るくらい。それがテレビだネットだと猫も杓子もチラ見程度で情報を掌握した気持ちにさせられるところが脅威なんですよね。メディアは怖ろしい。

養老/香港の警察と同じだよね。どういう気持ちなのかなと思う。

ヤマザキ/メディアは、猜疑心を培うためにあるものだという教育を受けるべきなんですよ。親からでいいから。私がイタリアにいた頃は、家庭でもどこでも皆各政党が出している新聞を何紙か並べて、そこに記載されている記事の差異を巡ってあれこれ討議してました。新聞は読むけど、誰もそこに書かれていることを鵜呑みにはしない。テレビも同じです。」

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