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『かたわらに/沢田英男 彫刻作品集』

☆mediopos-2303  2021.3.7

この小さな木の彫刻の作品集を
飽かずながめながら
いつのまにか時を忘れていた

ふとわれにかえったとき
水と風と光のことを思った

いまphotoposということで
写真になにがしか言葉をそえているが
その写真の多くは
ダ・ヴィンチの素描を見ながら
風と光のなかでの
水の動きはどんなだろう
そう思ったのがきっかけで写しはじめた

それがもうずいぶんのあいだ続いていて
いまだにというより
むしろますます
その水と風と光は
ぼくのなかで
その不思議な遊戯を楽しみはじめている

その写真は撮ろうとして撮るというよりは
偶然の戯れのように
散策するときに訪れてくる心象風景でもある

この小さな木の彫刻の数々も
そんな心象風景にどこか通じていて
そのとき水と風と光のことが
オーバーラップしたのかもしれない

沢田英男さんという彫刻家のことは
この本ではじめて知ることになったけれど
まるでずっと前からその作品にふれて
その小さな木の彫刻が
まさに「かたわら」に寄り添ってくれていたような
そんな気持ちになる

それらの彫刻は
「言葉」になるまえの「言葉」のようでもあり
名づけられることをさりげなく拒んでいる
「こころ」の元形・原型のようでもある

彫刻にはかたちがあり
言葉にもかたちがあるけれど
じっさいのそれらは
ほんとうは見えないものが
つかのまかたちになっているだけなのだろう

ほんとうはその
かたちにならないけれど
それだからこそ深いところで真実に通じている
そうしたものを私たちは求めているのかもしれない

知識や体験を求め続けているときには
それらをかたちにしようとしてしまうところがあるけれど
あるときそれらの見えるかたちのずっと奥にあるものが
垣間見えはじめるときがある

そしてそれを見ようとするときには
そこから余計なものを
どんどん削ぎ落とさざるをえなくなるのだ

そしてそれは「かたわら」に
ただそこにあるものとなりはじめる
かたちがあってもかたちはなく
名にもとらわれないものとして

■『かたわらに/沢田英男 彫刻作品集』(亜紀書房 2021.3)

(「はじめに」より)

「小さい木の彫刻を作るようになったのには理由がある。ドイツに留学していた当時、私の展覧会に来た人が、まるで靴屋で靴を買うように彫刻を買ってくれた。日本では考えられない強烈な体験だった。そのときから私は街の彫刻屋になりたいと考えはじめていたのかもしれない。木は軽く手触りもやさしいし、手軽にかたわらに置ける。
 しかし私の彫刻屋の夢は、帰国した日本ではなかなか実現できなかった。公募展や個展の作家活動をしても、手応えは得られなかった。55歳の頃から私は「手創り市」の会場に居た。振り出しに戻る気持ちだった。小さな木彫りと、家具小物を並べて売った。市に集う人たちの息づかいが、私に大切なことを気づかせてくれた。
 作風もその頃から大きく変化した。10年近く受けたアカデミー教育で私の頭は石のように硬くなっていたのだが、その教育を一度、全否定しようと思った。頭をカラにして、知識ではなく、自分の感性で木に向き合うようになった。木を手に持ち、その感触、木目、色や香りを感じていると自然に彫りたい形が出てくる。自然に出てくるから、自分が意識的に創る感じはしない。肩の力が抜けて、楽しく仕事ができるようになってきた。
 また形が単純化してきているのは歳のせいかもしれない。経験を重ねてくると要領がよくなって、幹だけ作って、枝葉は見る人に自由に想像してもらおうという方向へ向かう。
 見る人の想像力が作品を完成させるような彫刻を作りたい。本書を手に取った方が自分の目で自由に解釈して楽しんでいただけたらうれしい。」

(「おわりに」より)

「本書は直近2年間の作品を集めた、私にとって初めての作品集です。」
「本書に収めた作品には、目や耳それに腕も足も具体的な形を持っていないものが多くあります。最初は手も足も作りますが、手足を取ったり、表面を荒らしたり、バーナーで焼いたりして、作った形をわざと壊す。そうすることで見る人が自由に想像を広げられるあそびが生まれる。その遊びを大切にしたい。また壊すことで、形の内側にある生命がよりいきいきと表現できる気がします。
 新しいものを作るには発見が必要です。知識や経験だけでは作れない。形を壊すことで偶然をよびこみ、その偶然によって加わった要素におどろきや発見があったとき新しいものはできると私は考えています。
 小さい彫刻ばかり作っています。美術館に収まるものでもなく、街の大きなモニュメントでもない。部屋に置いたり、ときには旅にも連れていける。そんなかたわらに置ける彫刻もあっていい。小さいもの、か弱いもの、孤独のなかにこそ美はあると思うからです。」

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