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河野 桃子『シュタイナーの思想とホリスティックな知』

☆mediopos-2572  2021.12.1

本書は2017年の著者の博士論文に
加筆されたものだそうだが
シュタイナー受容もここ数十年で
ずいぶん変わってきた感がある

シュタイナーは1900年を境にして
前期思想と後期思想にわかれてとらえられているが
いわゆる「シュタイナー教育」においても
後期シュタイナーのオカルト的な内容そのものは
どこか敬遠されていることがあるようだ

シリコンバレーのIT企業に勤める社員の多くが
(矛盾するのではないかと思うのだが)
「コンピューターを使わない」シュタイナー学校に
子どもを通わせているという話はわりと知られているが
そこでもおそらく「その学校は歓迎され」るが
「その思想は敬遠される」という状況ではあるのだろう

しかしいまだオカルト的な内容が
歓迎されてはいないだろうなかで
こうした踏み込んだ内容の博士論文が書かれたことは
特筆すべきことかもしれない

きわめて唯物論的科学主義的で
しかも管理社会化の進んでいるなかで
その対極にある思想が
(対極にあるからこそ求められているのだろうが)
アカデミックな仕方で論じられているからだ

本書は『自由の哲学』を中心とした
前期の思想の核にある「倫理的個人主義」を基本とし
「エゴイズムの克服」そして「自由と倫理の両立」を
転生論やキリスト論を含んだ
後期のオカルト的な内容にかなり踏み込んだ上で
(「神話」とか「ホリスティック」といった言葉で
ていねいにフォローしかなり配慮を加えながら)
シュタイナーの一貫した姿勢を描き出している

もちろんシュタイナーが論じられる場は
いまはまだ「教育」の場でしかないだろうが
むしろ「教育」だからこそ
シュタイナーの神秘学的な内容の全体が
検討されるということは意義のあることだと思われる

本書は教育に関する文脈で書かれたものではあるが
シュタイナー思想の多視点的な受容に関する
多くの論文なども比較紹介されたり
テーマに応じながら
井筒俊彦や中沢新一の思想なども引き合いにだされたりと
ある意味でバランスのとれたしかも直球の感のある
優れた「シュタイナー入門」としても読むことができる

■河野 桃子『シュタイナーの思想とホリスティックな知』
 (勁草書房 2021/11)

「(シュタイナー)の思想は通常、前後期の境とされる1900年前後のいわゆる「転回」以降、神秘主義的傾向を帯びるようになったことが知られている。したがって、それは確かに、教育思想のなかに「非合理的なもの」についての語りが最も顕著に現れた例であると言うことができる。しかしシュタイナーはその際、通常の認識の外部に存在するとされるものについて、例えば、生命の働きを司る「エーテル体」や感情の動きを司る「アストラル体」といった形で、きわめて具象的・実体的に語った。このため、そうした語りが含まれていたこと自体は目新しいことではなく、むしろそうした特徴ゆえに、「その学校は歓迎され、その思想は敬遠される」という、よく知られた状況が長年にわたり続いてきたと考えられるのである。」
「シュタイナーにおける、こうした前期思想から後期思想への変化については、その断絶と連続性をめぐって多くの議論がなされてきた。」
「これらの議論は(1)前期から後期への変化に対するシュタイナー自身の評価をそのまま踏襲するものと、(2)思想史的な考察を通じて、前期から後期にかけれの連続性(や断絶)を独自に考察するものとに大別することができる。」
「シュタイナー自身は、自らの前期思想と後期思想の関係について、本来は当初から後期思想のような神秘主義的な思想をもっていたものの。「導師」からの教えを守ってある時期まではその思想を隠し、それを、学術的・哲学的な手法というオブラートに包む形で語っていた、と述べていると言うことができる。」
「しかし、その断絶の部分を、いわゆる定説の内容のように「導師」からの指示のみによって説明するこには無理があるのではないだろうか。なぜなら(・・・)「唯一者」の思想をもつシュティルナーを全面的に支持し、各個人が「自由」に行為できるようになることにこそ、自らの理想とする倫理的な社会秩序の実現の契機を見出していたシュタイナーが、特段の理由なく、単に「導師」からの教えに「従う」という受動的な態度で仕事のやり方を変えていったとは考えにくいためである。
 また、こちらがより重要な点であるが、シュタイナーの「転回」を定説のような仕方で単に「隠してきた思想を、外皮で覆わずに公に示すようになったこと」と捉えるだけでは、彼の思想の全体像を理解する上でも不十分であるように思われる。なぜなら、そこでは前期思想=非本質的、後期思想=本質的、という評価がなされたことになり、後期思想において、前期に論じられた「倫理的個人主義(ethischer Individualismus)」が果たしている意味、ひいては後期に入ってから論じられはじめた彼の教育思想において、それがもつ意味が見逃されてしまうと考えられるためである。
 そもそも、シュタイナーの前期思想の代表的著作である『自由の哲学』では、「エゴイズムの克服」が主要なテーマの一つであった。そして後期の教育思想の方は、彼の社会論である「社会有機体三分節化」の構想のもと、「エゴイズムの克服」に向けた実践とし提示されている。
「神秘主義的な手法で示されたシュタイナーの後期思想を。「倫理的個人主義」を実現する「世界自己」に向けて人々を〈教育〉するための〈神話〉として捉え直すことで、教育思想を含む彼の後期思想の底流に存する、自由と倫理の両立への方向付けを詳細に描き出すことが、本書の一つ目の課題である。また、この取り組みのなかで、〈神話〉という「ホリスティックな知」を共有する仕組みに、本書で述べる〈教育〉と教育、どちらの意味においても道徳的発達を促す教育的意義が期待されていることを示し、そこからシュタイナー後期思想の再評価に向けた新しい観点を明らかにすることが、本書の二つ目の課題である。」

「シュタイナーは、前期思想の段階から当時の認識論が広く前提としていたカント的な不可知論を克服する必要があると考えており、その関心のもと、ゲーテ的認識論に依る自身の認識論を構築した。シュタイナーの認識論では、本来、相互の連関を欠いた個の集合体にすぎない近く内容が「私」を場とする一元論的な思考の働きによって統合され、「〜として」認識されると考えられる。これは思考の働きが、「直感(Intuition)」という形をとって単なる個の集合体にしこう内容を与える際に、思考の一元論的なあり方に支えられ、それらの近く内容を一つにまとまった連関のなかで表れさせるためである。こうした認識論を背景とするがゆえに「私」が、「世界」と同じだけの拡がりをもつ「私」(=「世界自己」)という位相をもつと言い得る。シュタイナーは、こうした「世界自己」としての「私」は、常に個別的な「私」の行為の結果としてのみ実現していくと考えていた。このため「世界自己」としての行為は、個人としての「私」の自由な行為であると同時に、理念世界全体に広がる「私」としての行為、つまり、エゴイズムを乗り越えた倫理的な行為となる。こう考える立場をシュタイナーは倫理的個人主義(ethischer Individualismus)」と呼び、この視点から「自由と倫理の両立」を目指した。(・・・)シュタイナーは、「倫理的個人主義」が実現するためには、人々の「道徳的想像力(morarische Phantasie)」を高めることが必要であり、またそのための〈教育〉が求められるとした。」

「シュタイナー自身の発言からは、後期の神秘主義的な手法で述べた「認識の外部」についての描写は、それによって、とくに学問的な訓練を受けていない人々であっても認識拡張への努力を行うことができるよう整えられたものであった可能性が読み取れる。」
「シュタイナーは(・・・)自らの後期思想が、いわば現代版の新しい〈神話〉として果たすことを期待していた。とくに「世界自己」への〈教育〉との関連では、知性の領域に特化した発達を遂げた同時代の人々が、〈神話〉のもとで「想像力」を働かせ、自身の認識を拡張させることが意図された。またシュタイナーは、〈神話〉の内容を「信じる」べきではなく、それについて「思考する」ことこそが必要であるという点に繰り返し注意を促している。」

「(シュタイナーは、転生論やキリスト論のような)具体的な語りによって読者・聴衆が自身の「私」を「世界自己」として捉えやすくなるための工夫をしつつ、一方でシュタイナーは、誰であっても「修練」によって「認識の階梯」をのぼり、認識の拡張を果たすことが可能であるとしていた。ただし後期シュタイナーは。そういった修練(瞑想)という形で読者・聴衆に思考の強化を求めながらも、彼らが実際に現時点での認識の外部の対象を知覚を伴う形で認識できるようになることにはこだわりを見せていなかった。シュタイナーはその著作において、認識の拡張は誰にも可能でであるとしながらも、それを誰もが「直ちに」成し遂げられるわけではない点に注意を促している。」

「後期シュタイナーの歴史観において、人間は、①太古の「ハートの論理」から、②20世紀当時にも通用している「知性の論理」を通過し、③将来的に、「知性の論理を成果として担ったハートの論理」を必要とすると考えられてきたことを踏まえ、シュタイナーが「エゴイズムの克服」に向けて語る「この私」へのこだわりからの解放は、「この私」の枠を感情面でゆるめることではあっても、それは決して、意識的な思考や自意識を手放すことで至れる境地と考えられていたわけではない(・・・)」

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