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コーヒー焙煎と品種改良の話

コーヒーの焙煎を始めて8年ほどになります。
完全なる趣味でしたが、電動の焙煎機も導入し、今では焙煎のセミナーまでするようになりました。

その名も焙煎道楽
焙煎セミナーのようす

コーヒーを焙煎している、と言うと、すごくこだわりが強そうに思われることが多いのですが、
セブンイレブンのコーヒーも美味しく飲める人なので、美食のたぐいとはちょっと違うと思っています。

コーヒー焙煎を始めたきっかけ

きっかけは山奥の家に住み始めて、近所にコーヒーを飲めるところがなかったことです。
もともとコーヒーは好きなのですが、豆を買いに行ける店も近くなく、日々のコーヒー代もバカにならないなあ、と感じていたときに、自分で煎ってみることを思いつきます。

導入機の手振り焙煎器「香烙(こうろく)」

しばらくはこの最大70gの焙煎器で手煎りしていました。
そんなとき、学生の頃バイトしていた上島珈琲店に当時の同僚と偶然立ち寄り、期間限定のコーヒーをたまたま飲んで衝撃を受けたのが「ウガンダ」の豆でした。

ウガンダ・シピフォールズ

口に含んだ瞬間はまろやかな口当たりでフルーティで香りが広がり、残る後味はチョコレートやアーモンドのようなやや香ばしい余韻があり、なんともクセになる味にぞっこんハマってしまい、それから毎年この豆を生豆で買って、自家焙煎をしています。

シピ・フォールズ

この豆は産地近くの観光名所「シピ滝」にちなんで「ウガンダ・シピ・フォールズ」と名付けられており、生産は2000年開始当初の約5,000農家から、最近では約30,000農家に拡大しています。

エルゴン山地域(ウガンダ東部)

このシピフォールズでシングルオリジンのブレンドコーヒーを作って、家の近くの天滝というお気に入りの滝にちなんで、「天滝ブレンド」と名付けようとひそかに企んでいたのでした。

デザインだけは先に決まっていた天滝ブレンド

ところが、ここ2,3年、以前のシピフォールズと味が違うと感じるようになりました。
コーヒーも農産物なので、最初はワインの当たり年のようなもので、外れの年なのかなあ、とか、慢心がたかって焙煎技術が落ちたのかなあ、とか、味覚の好みが変わったのかなあ、などと思っていたのですが、その翌年も同じように感じられ、不思議に思っていたのでした。

そんなとき、下記の記事に出会い、「そういうことか!」と合点がいきました。

リンク先から読んでいただくのが一番詳しいのですが、私の中にも同様の、1つの仮説が生じました。内容を少し要約しながら進めていきます。

品種改良と集荷体制

この仮説を理解いただくには、品種改良と産地での集荷体制の2つを説明する必要があります。

まず品種について。
流通しているコーヒーの品種には大きく分けて2つ、アラビカ種とロブスタ種があります。

コーヒーの品種(COFFEE BEANS VARIETYより転載)

アラビカ種の中にも、ブルボンやコナ、ゲイシャ・・などといくつも品種があります。
お米でいうと、大きく分けてジャポニカ米とインディカ米、細かい品種がコシヒカリとか、あきたこまち、みたいなものです。

アラビカ種は風味は良いが病気に弱く、ロブスタ種は病気に強いが風味が劣ります。

そのため、国内で出回っている多くの産地銘柄コーヒーはアラビカ種で、ロブスタ種は、缶コーヒーやインスタントコーヒーなどに主に使われます。

そして、この両種の交配により、良いとこどりをしようと生まれたのが「ハイブリッドティモール(HdT)」です*1。

そして、このHdTをもとに、作られた改良品種の1つがルイルイレブンです。ルイルイレブンは高密度で植えることもでき、早熟であるため、生産者にとってより収入になる品種です。

天日干し

気に入っていた「ウガンダ・シピフォールズ」の品種はSL-14とSL-28です*2。
この「と」というのがミソで、産地では2つの品種を分けて集荷していないのです。以下、引用です。

ケニアではSL28やSL34が主な品種として使用されていましたが、最近では、耐病性や収穫量などを考え、ルイルイレブンを植える小農家も多くなっています。
そのため、小農家のコーヒーを集めて精製処理をし、ロットをつくることが一般的なケニアでは、今までの主力品種SL28・SL34に、ルイルイレブンが混入することが必然的に多くなっていると思われます。

PICOコーヒーHP「コーヒーの品種について」より

そしてケニアで主に使われているこのSLシリーズを、ウガンダで栽培しているのがシピフォールズ・プロジェクトです。

高品質のケニアのコーヒーは、世界の他の地域のコーヒーでは代用できない、すばらしい風味をもつコーヒーです。
最近では昔に比べ、従来のケニアらしい、果実系の風味、柑橘系のすばらしい風味のあるケニアのコーヒーが少なくなってきているのは、このことが原因なのでしょうか?
もしそうだとすると、今後、いままでのような高品質のケニアのコーヒーが飲めなくなってくる日も来てしまうのでしょうか?

PICOコーヒーHP「コーヒーの品種について」より

まさに、ここ数年ウガンダ・シピフォールズに対して感じていたことが書かれていて、驚きました。
ケニア同様、ウガンダのシピプロジェクトでも、ルイルイレブンを導入する農家が増えてきて、混ざるようになってきているのではないか。そしてそのために、従来の味や風味が感じられなくなっているのではないか。

このことを確かめるには、SL14やSL28を単独で集荷している産地やブランドを見つけ、試してみる必要があります。
ところが、JAのお米と一緒で、どこどこ産という括りは大きく、誰々が作った、〇〇集落で作られた、という区別はされずに、まとめて精製されており*3、また1つの農家がSL14も28も場所によっては一緒に栽培しているので、単独で集荷された豆を探すのは難しいのではないか、と思います。

品種改良により、HdT由来の品種についても品質はだいぶ良くなったとはいえ、まだSLシリーズに風味や味で追いつかないのが現状ではないでしょうか。

この問題が解決するまで、天滝ブレンドの開発はしばしお休みとなりそうです。

お気に入りのコーヒーを追いかけていたら、期せずして品種改良や生産体制の調べものに行き着いてしまった今回。

そして旅は続く・・

*1 もともとアラビカ種とロブスタ種は交配不可能と考えられていました(染色体の数が異なるため)が、ロブスタ種の4倍体化したものが偶然アラビカ種と交配したため生まれた品種のようです。このあたりの正確な理解には、生物学的な基礎知識が必要になります。

*2 SLというのはケニアにある”Scott Laboratories”という農業研究所の略で、ここで開発された品種のうち、28番目と34番目の開発品種です。
(お米でいうときらら397のようなものですね)

*3 コーヒー産地では、長らく貧困と労働搾取、買い叩きが問題視されており、だいぶ改善されてきましたが、今でもやはり残っています。
対抗手段や緩和策として、フェアトレードなどもありますが、生産者が値決めの交渉権を持つことが何より重要になります。
そしてそのためには、ある程度ロットをまとめる必要があり、小規模生産者の多い産地でまとめて集荷することは農業経営上は望ましいやり方です。
もちろんブランド化に向けては品質管理が必要になるため、もしHdTが混ざることで風味・味が落ちているのであれば、対策が必要です。

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