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脳梗塞 #5-4 心原性脳塞栓症


1)定義

心原性脳塞栓症とは、心臓に何らかの異常が生じ、心臓内で作られた栓子が原因の脳動脈の閉塞による脳梗塞をいいます。
 塞栓源としてはいろいろとありますが、ほとんどが心臓内の血栓が剥離して、詰まるのが原因です。心臓内に形成される血栓は、フィブリンを主体として血小板血栓より大きいため、主幹動脈の閉塞を生じます。突発完成型の発症様式で、側副血行路が発達していることは少ないため、皮質を含む広範な梗塞に至ることが多くなります。突発完成型であるため、rt-PA静脈療法や血栓回収療法の適応となる可能性が高い疾患になります。

右MCA閉塞による心原性脳塞栓症

2)原因

 心臓内に血栓ができる原因として、心房細動、洞不全症候群、持続性心房粗動、1ケ月以内の心筋梗塞、機械弁、うっ血性心不全、拡張型心筋症などがあります。これらの中で一番大きな割合を占めるのが心房細動です。

①慢性の心房細動
 虚血性心疾患またはリウマチ性心疾患による慢性の心房細動によって栓子が形成されます。心房細動によって左心耳という場所の血流が非常に遅くなり、血栓ができます。

②壁在血栓を有する心筋梗塞

③心臓外科特に弁置換術後

④感染性心内膜炎

 また、非心臓由来のものとしては、大動脈や頚部頚動脈のアテローム硬化による塞栓があります。

3)臨床的特徴

 脳塞栓症は活動中に突然発症するのが特徴で、症状の完成も早く数秒~2、3分以内に脳梗塞巣が完成し、通常TIAなどの前駆症状は認められないという点で脳血栓症とは大き<異なります。

 発生部位は、中大脳動脈の皮質枝の閉塞が多<、意識障害や片麻痺、半身の知覚障害のほかに、失語・失行・失認などの高次脳機能障害を伴います。

 塞栓子による動脈閉塞部は閉塞部は自然再開通を生じることもあり、再開通に伴い出血性梗塞を呈することがあります。
 出血性梗塞というのは、梗塞が発生したあとに、そこから出血が発生する状態をいいます。脳塞栓による梗塞巣が発生した後、脳細胞の死滅だけではなく、梗塞領域内の動脈の動脈壁も脆弱になります。その状態で、動脈を閉塞させていた塞栓子が自然再開通を起こすと、梗塞領域内の動脈への血流が再開します。再開通して動脈の動脈壁はもろ<なっているので、再還流した血液が動脈壁から漏出して、血液が脳梗塞部位に流れ出て出血性梗塞になります。特に梗塞巣の範囲が広い場合には出血性梗塞が生じやすくなります。出血性梗塞を生じると、問題になるのは頭蓋内圧亢進です。出血性梗塞は、すでに脳梗塞になっている部位に生じるため、新たな神経症状が出現することは稀です。心原性脳塞栓症は梗塞巣の範囲が広い場合が多く、そのため周囲の脳浮腫もそれなりに広範囲になります。その状態で出血性梗塞が発生すると脳梗塞巣内に血腫を伴いますので、頭蓋内腔の容積が増加し、頭蓋内圧が亢進します。
 出血性梗塞は脳梗塞発症数日後に生じることが多くなります。再発予防としての抗凝固薬を使用している場合は、中止を検討し、収縮期血圧の上限を下げる必要があります。

発症時MRA 
右中大脳動脈が閉塞しています。
再開通後MRA
右中大脳動脈が写っています
再開通後頭部CT
右の中大脳動脈還流域の脳梗塞(黒い部分)の中に出血(白い)がびまん性に広がっています

4)検査・診断

 心原性脳塞栓症と診断するには、心臓内の血栓もしくは血栓ができやすくなる原因がないかを確認するため、心電図や心工コー検査が必要となります。心房細動は持続性であれば12誘導心電図で診断がつきます。普段は洞調律でたまに心房細動が出現する発作性心房細動は通常の心電図では発見できないため、長時間記録できるホルター心電図検査で24時間記録をします。入院患者に装着するモニター心電図で心房細動が見つかり診断が確定することもあるため、心電図モニターも重要な検査になります。

 しかし、心房細動があっても、動脈硬化が脳梗塞の原因のこともあるため、頚部血管工コーやMRアンギオグラフィーなどを行い、心原生なのか、アテロームなのかを確定する必要があります。

5)治療

①抗凝固療法

 心原性脳塞栓症の再発予防に有効なのは抗凝固療法で、ワルファリンとDOACがあります。心原性脳塞栓症においてDOACが使えるのは心房細動が原因とする場合だけです。それ以外の心原性脳塞栓症はワルファリンを使用します。
 長いこと抗凝固薬と言えばワルファリンのみでした。ワルファリンは、PT-INRの値によって内服量を変動させる必要があります。日本人ではー般的に70歳未満でPT-INR2.0~3.0、70歳以上はPT-INR1.6~2.6の範囲に収まるように内服量を調整します。納豆などビタミンKが含有した食品の影響を受けやすく、PT-INR値が大きく変動することもあります。

 2011年に直接経口抗凝固薬が発売されました。現在は4種類のDOAC(ダビガトラン、リバーロキサバン、アビキサバン、エドキサバン)を使用することができます。ワルファリンとDOACを比較した試験では、DOACの脳梗塞再発予防効果はワルファリンと同等かそれ以上であり、脳出血などの出血合併症を起こすリスクは低いという結果が出ています。そのため、心原性脳塞栓症にはDOACが処方されます。 

DOAC

②血圧管理

 脳塞栓症は心臓から突然血栓が飛んできて動脈を閉塞させるため、側副血行路は基本的には発達しておらず、血圧を高めに維持しても脳灌流量には影響しません。逆に再開通による出血性梗塞を発症する可能性があるため、血圧は正常血圧よりやや高めで維持します。再開通や出血性梗塞を認めた場合は、さらに低めに維持します。

③抗脳浮腫療法

 主幹動脈が閉塞するため、脳梗塞は広範囲となり、それに伴い著しい脳浮腫を生じます。さらに、出血性梗塞を発症した際は、占拠性病変として血腫が存在します。脳浮腫、出血性梗塞によって頭蓋内圧が亢進するため、抗脳浮腫療法(グリセロール、マンニトール)を用います。

④rt-PA静注療法

 rt-PA静注療法は脳の血管に詰まった血栓を溶かすことで、血流を再開させ症状を改善させる治療法です。発症から治療開始までの時間についても重要で基本は4.5時間以内の患者が対象となります。最終健常確認時間が不明な患者でも、特殊な条件が揃えばrt-PA静注療法を実施してもよいことになりました。逆に、どんなに早<来院しても、すでに脳梗塞が完成していれば治療の適応はありません。
 なぜ、脳梗塞の完成後は適応外になるかというと、血流を再開させることが意味がないのと、再開通による出血性梗塞のリスクが増加するからです。すでに脳梗塞ができてしまっている状態では、t-PAで血栓を溶解して血流を再開しても脳細胞が回復することはありません。むしろ血流を再開することによって、脆弱した動脈壁から脳に血液が流出して出血性梗塞を起こします。

 また、頭蓋内出血などを起こして症状が悪化することがあるため、出血を起こす危険性が高い人に対しては適用外になります。

⑤血栓回収療法

 血管内治療は、rt-PA静注療法が適応外、もしくは実施しても改善が見込めない患者の中で太い脳動脈が詰まっている患者が対象となります。以前は発症から8時間以内の患者が対象でしたが、最近は条件が揃えば発症から24時間以内の患者にも実施することができるようになりました。ただし、適応時間内に来院しても、すでに脳梗塞が完成していれば治療の適応がないのはrt-PAと同様です。



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