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トンボが見えない夫と、ビルが見えない私

「自分が生きてるうちに熊本の街が発展するなんて思ってもみなかった」

八代から熊本市内に向かう途中の車の中で夫がそう呟いた。半導体メーカーの工場のおかげもあり、熊本に住む人が増え、マンションが沢山出来ていたのだ。

「新しいビルがこうやって沢山できるところ見れるの楽しい」とまるで小学生が初めて博物館で恐竜を見た時のように目をキラキラさせて開発途中の街を見る。

「そうだね。私もそんなの見たことないな〜」

別に適当に返事をしたわけではない。本当にそう思って返事をしたのだ。でも夫は「何言ってるの!?」とびっくりしながらも笑って答えた。

「東京なんてビルいっぱい建ってるんだから見たことないは嘘でしょ!!すぐ街並み変わるじゃん」

た、たしかに。そう言われてみればそうかもしれない。私の住んでた街もずいぶんとマンションが建っていた。そうか、私は本当に『東京に住んでいただけ』だったんだ。

今まで都市開発なんて考えたこともなかった。

そもそも街に興味がなかった。20代前半の頃は少しかっこつけて趣味はカフェ巡りですとか言ってたけど、そもそもコーヒーを飲めない私はカフェに興味なんてなくて。なんかカフェ巡りが趣味ってかっこいいよな、お洒落だよなって思いながら興味ないカフェを1.2件だけ行っていた気がする。(巡りとは)
安月給の限界貧乏人にはカフェのご飯は高くて量が少なくて、サイゼで豪遊してる方が何千倍も楽しかったけど、20代前半はやっぱり少しかっこつけてみたかったんだ。

今思い返してみれば電車の広告の中でさえ、「都市開発」という言葉が並んでたような気がする。○○駅徒歩何分のマンションがたつとか。ショッピングモールが出来るとか。なにも興味がなかった。美味しい、人気と若者が並ぶ店も1年経つと違う店になっていたり、渋谷も池袋も新宿も少し見ない間に街がどんどん変わっていても、なんか変わってると思うだけだった。

変わることに慣れすぎていてそれが当たり前の景色になっていたんだ。


熊本に引っ越してきて1番嫌だったのは"虫"の存在だ。
大きい蜘蛛が沢山いる。手のひらサイズの蜘蛛が家で発見された時は叫び声をあげて腰を抜かした。でも夫をはじめ、義両親も「あぁ、蜘蛛ね。」という感じで何事もなかったかのように生活していた。

中でもびっくりしたのがトンボの多さだ。
尋常じゃないぐらい飛んでる。セミを嫌いな人が多いけど私はセミもトンボも同じくらい嫌いだ。嘘、やっぱりうるさい分セミの方が嫌いだ。でも本当に八代にはトンボが多い。車に乗ってると30匹ぐらい飛んでるんじゃないかと思うぐらいにフロントガラスから見える。
あの、小さい虫がいっぱい固まって道端で飛んでるように、大量のトンボが飛んでるのだ。

「うわぁ…トンボやば…」

思わずそう呟いてしまうぐらい、私には気持ち悪かった。

でも衝撃的なことに
夫にトンボは見えていなかった。

こんなに沢山飛んでるのに。1匹も存在を認識していなかった。

挙げ句の果てに「え?どこにいるの?」とまで言い出す。「目の前にいっぱいいるじゃん!嘘でしょ!?」と言ってから「あ、本当だ」って言うレベル。

これは夫がめちゃくちゃ目が悪いとかそういう問題ではなかったのだ。なぜかと言うと同じようなやりとりが近所のママ友でも行われたから。

八代の人間はトンボが飛んでいるのが当たり前すぎてトンボのことが見えてないのだ。

デザインを習ってから、自分が作る側になってからよくお菓子のパンフやパッケージなどを見るようになった。手持ち花火のパッケージなんてすごかった。あんな、何年も前から変わらないデザインなのに気にしたことがなかった。全部フォントが違うし派手だけどわかりやすく目を引くそんなデザイン。一目見ただけで「花火」だってわかるデザイン。すごい。

このブランドはどんなデザインをしてるんだろう、ただおしゃれなだけじゃなくどういう意図でこのデザインなんだろう。そうやって考えるようになった。

子供を産んでから赤ちゃんを見ると顔がにやけるようになった。同時に子連れのママを見ると子育てしながらあんなにおしゃれに保って…!?と見る目が変わった。
赤ちゃん連れで東京の移動の大変さが身に沁みた。エレベーターがどこ探してもない。新宿で30分エレベーターを探して迷子になった。
ルミネなどの高いビルでは買い物がめんどくさくなった。イオンやアリオのように横に長いショッピングモールに子連れが多い理由がわかった。

車を運転するようになり、運転してくれる人のありがたみがわかった。そして地元の交通ルールがやばいことを知った。突然飛び出す自転車ほんとに危ない。やめてくれ。

新鮮な野菜や果物の美味しさがわかった。

高いと思っていたカフェの料理がこの値段は妥当だわ、むしろ安いぐらいだわ。と思えるようになった。

人は見えるものしか見えない。見ようとする前に知識や経験がないと見えてこないんだ。
だって知らないから。そこにあるものだって知らないから。

東京から八代へ引っ越し、そして東京に帰省する。30年以上暮らしていた街なのに今更とても住みにくいことを知った。
電車でどこにでも行けてしまうけど、子連れだと中々にめんどくさい。夏はとにかく暑い。夕方になると帰宅ラッシュで混む電車。
早く八代に帰りたいとさえ思ってしまった。
ただ、東京にマイナスイメージがあるわけではない。やっぱり東京にしかないものは沢山あるし、色々と勉強になる。街を歩いてる人は断然おしゃれな人が多いからとても刺激をうける。欲しいお店がすぐそこにある、行きたい場所もすぐに行ける。

でも私は八代を好きになってしまったのだ。
住みやすいこの街が大好きだ。

トンボやセミの多さにはウンザリするけど、手のひらサイズの蜘蛛が家にいてもスルーできるようになった。
美味しいお店もあれば、人も優しい。子育てがとてもしやすい。だって保育料も医療費も無料なんて本当にお金がかからない。

ただこれは私が実際に東京から八代へ引っ越して、頻繁に東京に帰ってるからわかること。

経験が価値観を変えていく。ビルが見えていなかった私は、今回の帰省で新しいビルを思わず見上げてしまった。田舎者になったなって笑ったけれど、あんなに大きい存在が見えるようになった変化の方が嬉しい。

ずっと地元にいたんじゃ地元の良さも霞んできちゃうよね。

当たり前は当たり前じゃない。

大人になるとガチガチの価値観で固められてしまうこともあるけど、やっぱり柔軟にいきたい。手のひら返しだって良いじゃん。今日までそうだと思ってたことが明日には変わるかもしれない。色んな経験をして、勉強もして、色んなものを吸収していきたい。まだまだやることはいっぱいあるぞ。

頑張れ自分。

見上げたビル


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