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【小説】執行者 #01

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 に参加しています!

【あらすじ】
「完璧な成功者」ニル・ブラウは、退屈しのぎで手にした古き本の発光と共に女神の下へ。
彼女の世界は戦乱が続き、ある時開発された「勇者召喚」の世界接続で「女神の世界」のマナは枯渇寸前とのこと。
勇者達は「チート能力」で傲岸不遜に振舞い、世界は破滅へと加速する。そんな勇者を「消して」欲しいと、彼女は懇願する。
代価は3つ「消失の権能」「何でも交換ポイント」そして「退屈からの解放」
ルミナス聖国へ赴いたニルは、教皇と聖女に面会。聖女の結界「護国」があるものの勇者の脅威を感じる二人は神託に従い、彼を暗部に据える。大聖堂の地下深く、アシスタントとして転生した執事の室田と共にニルの異世界生活が始まる……

第一話 プロローグ

「退屈だな」

彼は深いため息をつきながら、暖炉の前の椅子に身を沈めた。
その椅子は、まるで王座を思わせるような威厳ある造形だ。
高い背もたれには繊細な彫刻が施され、アームレストは滑らかな曲線を描いている。
深い緑色のベルベット生地が、椅子全体を覆っている。
ゆったりと足を組み替え、同じ生地で覆われたオットマンに乗せる。

壁に飾られた東洋の『仮面』、英国風のこの部屋においてはいささか不釣り合いなもの。
小面(こおもて)と呼ばれるそれは大きな暖炉の炎によりまるで生きているかのように表情を変え、妖しい影を落としている。

彼の書斎は、金持ちの部屋そのものだ。
床に敷かれたペルシャ絨毯は、まるで芸術作品。複雑な文様は職人たちが数年をかけて織り上げたもの。
書棚には、棚を埋め尽くすほどの洋書が並んでいる。
品の良いアンティーク雑貨や珍しい標本などが、書棚の隙間を埋めている。
壁に飾られた油彩画は霧に包まれた湖畔の情景、まるで夢の中のように美しい。

男の名は「ニル・ブラウ」
とある大企業の御曹司としてこの世に生を受けてから何の不自由もない人生を探している。容姿端麗、頭脳明晰、武芸百般に通じながらも「表」には決して出てこない謎多き人物。全てを手に入れた彼を人は「完璧な成功者」と呼ぶ。

「坊ちゃん、ジャマイカ・ブルーマウンテンのコーヒーをお持ちしました。今回のロットは特によく出来ております」

執事の室田が、淀みのない手つきで銀のトレイに乗せたコーヒーカップをソーサーと共に差し出す。
手描きの繊細な文様が、骨灰磁器のカップの白い肌を優美に飾っている。
香りを楽しんでから一口啜れば、上品な酸味が口の中に広がる。もちろん温度管理も完璧。

室田は80歳近い高齢だ。
厚い胸板、スッと背筋を伸ばしたその佇まいは年齢を感じさせない。
薄めの白髪を後ろに撫で付け、口ひげを綺麗に整えている。
ピッタリとしたサイズの燕尾服に身を包み、その佇まいは、まさに「執事」そのもの。

「坊っちゃま、一冊の古い本が屋敷に届けられました。差出人は不明です」

室田が恭しく頷くと、静かに書斎を後にした。
しばらくすると、分厚い革表紙の本を持って戻ってくる。

「古代文字、いや……土着信仰や怪しげな宗教で使われる架空文字だろうか。それに金色に縁取られた豪華な装飾、なかなかに興味深い」

彼は珍しく楽しそうに笑うと、ページをパラパラとめくってみせる。
すると、本のページが淡い光を放ち始めた。
光はどんどん強くなり、部屋を完全に覆い尽くしてしまう。

辿り着いたそこは、見知らぬ空間。
彼は変わらずゆったりと椅子に腰掛けたままだ。辺りをゆったりと見渡す。

どれだけの石から削り出したのであろう……巨大な大理石の柱が並び、床には色鮮やかなモザイクタイルが敷き詰められている。
天井は高く、複雑な幾何学模様のステンドグラスが嵌め込まれており高い技術力を感じる。

なかなか良い趣味をしている、そう思いつつ彼は再びテーブルの上のカップに手を伸ばす。焦ったところで現状は変わらない。

「やっと、あなたを見つけました。私はルミナ。この世界を司る女神です」

声のした方を向くと金髪碧眼の美しい女性が立っていた。
ギリシャ神話に出てくる女神を人間に落とし込めばこのような造形になるだろうか。

「随分と図太くていらっしゃる……あなたのような方をずっと探していたのです。何不自由なく幸せに暮らしている。けれど、どこか退屈そうな……そんな目をした人を」

女神は物憂げな表情で語り始めた。
この世界がかつて平和だったこと、しかし国々の争いにより戦乱の世となったこと。

「各国は異世界から英雄を召喚しました。彼らは『勇者』と呼ばれ国のために戦うことを期待されたのです」

女神の表情が翳る。

「勇者召喚は私の世界と別の世界を接続し「勇者」を呼び寄せます。あなたの世界のゲームで言う『ガチャ』のようなもの。その代償は召喚側の『世界のマナ』つまりエネルギーのような物だと思ってください」

ずず、という音を立て彼はコーヒーを啜る。冷めたコーヒーはより酸味を感じやすくなる。上質な豆は冷めてからもまた新しい味わいがあるものだ。

「国同士は勇者を利用し、争います。倒れた勇者の代わり、そして更なる戦力の補強に召喚を繰り返します。ですが『ガチャ』は当たりばかりではありません。『成長しないハズレ勇者』のマナ収支は赤字、強い勇者は死なずマナは還元されず、そして傲岸不遜に振る舞う彼らは世界を更なる混沌へと導いています」

女神は、彼に懇願するように言った。

「世界を崩壊させると、私は女神失格の烙印を押され、他の女神のアシスタントとして『地方神』になってしまうんです。せっかく出世コースに乗ったのに私、耐えられない……!」

曰く、女神は直接「世界」に影響を及ぼすことができず、執行者を用意する必要があると。そのために、勇者にも引けを取らない『消失』の力を授けると。

「その力で勇者を消し去り、世界を平和な姿に戻してほしいのです」

取り繕うように彼女は言う。

「で、私に何の利があるんだ?」

かちゃり、という音を立てカップを置く、コーヒーはすっかり空になっていた。テーブルの上で指を組み目線を彼女へと向ける。

「まず、退屈な日常からは得られぬ刺激を。そして勇者を殺す、いえ、消すことで得られたマナの一部をポイントという形で得ることができます。経験、感情、記憶……勇者の持つマナは様々な形に変換され、ポイントとして還元されるのです」

「ただし、あまり多くは渡せません。世界の修復のために必要なのです。一部をあなたの自由に使える分として提供しましょう」

「ふむ、退屈しのぎにはなりそうだ」

『消失』の力を使い、勇者を消す。その見返りとしてポイントを得る。
退屈な日常からの脱却と、ある種のゲーム感覚……彼は次第にこの提案に興味を示し始めた。

女神は微笑み、彼に手を伸ばす。手が触れるか、触れないか。彼女の全身を包む衣がスッと消えその豊満でありつつも女性らしさをしっかりと残した身体が露わになる。

「ほう、神にも届き得る力か」

「な、な、なんでもう力を使ってるんですか!急に服を消さないでください! 本題はそこではありません!」

「坊ちゃん、私はこの世界でポイントシステムのアシスタントを務めることになりました。情報提供やアイテムの調達など、お手伝いさせていただきます」

そこには見慣れた燕尾服に身を包んだ執事の姿。

「『坊ちゃん』は止めろ室田、どうしてお前までここに? 」
ふふ、と笑う室田。こんなやりとりもいつもと変わらない。

「いいですか?もうおわかりと思いますが消失の力、使い方は簡単です。対象に意識を集中するだけ。例えばあの壺を……」

身体を両手で隠した女神、服すら創造できないのか?疑問に思いつつ彼は部屋の隅に置かれた壺に意識を向ける。
次の瞬間、まるで最初から存在していなかったかのように壺は消えていた。

「なるほど、触れる必要も無いようだな」

退屈な日々に、さざ波を立てることができるかもしれない。くく、愉快そうに笑う。

「さあ、勇者たちを消し去り、世界を平和に導いてください。あなたにしかできないのです」

「少し待て。室田、持てるものを持っていけ。どんな世界か分からんからな」

室田はティーセット、カトラリーを収納し始める。
女神が彼に苦笑する。
「せっかくの異世界、せめて持てる分だけにしてくださいね?ポイントも少しお渡ししますので使いながら慣れてください」

テーブルの上に置かれていた東洋の面『小面(こおもて)』を手に取った瞬間、彼は眩い光に包まれた……

「あ、そうそう。聖女ちゃんに彼を派遣するって伝えておかなくちゃ」

まあ、あの様子なら何とかなるかしら。女神は呟き、どこからか取りだした純白の衣をその肢体にゆったりと纏うのだった。

→第二話:ルミナス聖国


はじめましての方、初めまして。ずっと書きたかった小説をブラッシュアップしてようやく形にすることができました。需要はなくても満足のいくところまで書いていきたいと思います。もし楽しみにしていただけたら嬉しいです。

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