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スパイクマン地政学「世界政治と米国の戦略」:極私的読後感(41)

ニコラス・スパイクマン、という名前を知っている人は、なんとなくバックグラウンドがわかる。一般の知名度は低いが、知ってる人は、よく知っているという、アメリカの地政学者だ。一体どういう人なんだろう?

スパイクマンは、1941年12月31日アメリカの地理学会の年次総会に参加した折に、『アメリカは戦後になったら日本と組まなければらない』と発言して大問題になったという。

真珠湾攻撃を受けてわずか3週間後という、アメリカ中が「日本憎し!」で沸き返っている時期であり、その敵と組め!と言えば大問題になるのは当然だが、それをものともせずに彼は発言している。

その理由については次の本書の引用から窺い知ることが出来るだろう。

第二次世界大戦の終結後には、極東の中に、ロシア、中国、おそらく日本、イギリス、蘭領東インド*、オーストラリア、ニュージーランドなどの多くの独立ユニットが存在するだろう。これらのユニットからほぼ互角のパワーを持つ国々を単位とし、勢力均衡を図ることは、ヨーロッパで同じことをする以上に困難であり、戦後の難題は日本ではなく中国になるだろう。かつての天朝国(中国のこと)の潜在パワーは、桜の国(日本のこと)のパワーよりもはるかに大きく、いったんその力が実際の軍事力となれば、アジア大陸の「沖合の小さな島国」である敗戦国日本の立場は極めて危うくなる。(p.217)
*蘭領東インド=今のインドネシアとほぼ同じ領域

そう、日米開戦直後の時点で、すでに日本敗北後の東アジア圏の行方を正確に予測し、それ故に『(米国が)シー・パワーで世界を支配しようとしたら、日本が最初に敗北していない限り、英国に次いで第三のパートナーとして日本を仲間に迎え入れなくてはならなくなるだろう。(p.207)』と考えた上で、冒頭の"問題発言"となっているのだ。

私が学ぶべきと思うのは、スパイクマンのこういう姿勢というよりは、これらの洞察に至った思考のプロセスだ。

そこにあるのは、(私の理解ではあるが)徹底したリアリズム、現実をあるがままに受け入れて、そのまま考察を加え、余計な私見を加えない姿勢だ。

そういう姿勢そのものは、なかなか文章表現には現れないが、冒頭のエピソードや、次のような表現は、一つのリアリズムの現れと言えるように私は思う。

相手に出し抜かれるまでいたずらに戦いの機会を伸ばすことは、民主国家間にのみ通用するやり方である。(p.112)

この表現、今の日本の対外的な姿勢を見透かしているかのように思えてならない。

本書は1942年に出版されており、件の大問題となった発言とほぼ同時期に書かれたものであり、スパイクマンは1943年に49歳の若さで亡くなっている。

実に惜しいし、戦後まで見届けていれば、何を言うのだろうか?という下世話な好奇心を抑えられないでいる。


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