高坂正堯『国際政治』(中公新書):極私的読後感(42)

「われわれは予見できる将来ずっと、戦争と平和の中間 ― すなわち戦っても勝負のない戦争と、達しえられない平和の中間に生きていくことになるだろう」。激しい、巨大な変化の世紀である二十世紀を生きてきたウォルター・リップマンは、第二次大戦後の世界をこのように描いた。

高坂正堯「国際政治」p.58

高坂正堯さんの「国際政治」を久しぶりに再読。私が国際政治学とか学んだ30年以上前には"国際政治学は「学」になってない"とか"国際政治に教科書は無い。内外の新聞から読み解くのだ"という時代だったが、この本は別格だった。

冒頭の引用は、初めて読んだ時には正直ピンとこなかった。というのは、私が大学にいた1987年4月から1991年3月という時期は、
・1989年6月 天安門事件
・1989年10月 ハンガリーが社会主義体制を放棄
・1989年11月 ベルリンの壁の通行自由化、チェコのビロード革命(共産党政権崩壊)
・1990年10月 東西ドイツの統一
・1991年1月 湾岸戦争開戦
と、冷戦構造(二極)が崩れて、今の"G ZERO(極の無い世界)"と言われる世界に移り始めた、まさに激動の時期であり、目先では湾岸の危機があるにせよ、単なる一地域の独裁政権の懲罰的局地戦という認識であり、”これが終われば東西融和が進む、つまりは戦争のリスクは低くなると思っていたからだ。

しかし世界はそうならず、冒頭のリップマンの”予言”の通り、いやより激しく”戦争と平和の中間”で揺らぎ続ける世界が生まれてしまった。

そして2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻によって、とっくに終わったと思っていた”剥き出しの軍事力での領土拡大”という世界が再び戻ってきた。

我々は、当然「平和」つまり「戦争の無い世界」を希求し続けてきたが、それが「軍事力による裏付けの無い」ものではなんの役にも立たないことが”再び顕在化”した。
”再び”とは、

『要するに兵力の後援なき外交は、如何なる正理に根拠するも、その終極に至りて失敗を免れざることあり』

陸奥宗光「蹇々録」

と、日露戦争後の三国干渉を回想して当時の外相陸奥宗光が警告しているからだ。つまり、第一次世界大戦の反省から国際連盟が出来たり、欧州共同体による平和構築の試みが進んできたとはいえ、根本的なところ、すなわち国家の本質的なところは何ら変わっていないということだ。

言いかえれば、国際社会にはいくつもの正義がある。だからそこで語られる正義は特定の正義でしかない。ある国が正しいと思うことは、他の国から見れば誤っているということは、けっしてまれではないのである。そこにも緊張と対立がおこる可能性がある。
各国家は力の体系であり、利益の体系であり、そして価値の体系である。したがって、国家間の関係はこの三つのレベルの関係がからみあった複雑な関係である。国家間の平和の問題を困難なものとしているのは、それがこの三つのレベルの複合物だということだということことなのである。

高坂正堯「国際政治」p.21

改めて読み進める中で、いまだにこの本に論じられている危機感や認識が、今の多くの人とって"普通ではない"ことに気づいて愕然とする。

昨今「経済安全保障」という言葉が流行っているが、大平内閣のころに高坂先生は内閣のブレーンとして、この概念を踏まえた政策提案(総合安全保障グループ)をしていた、まさに戦後日本の国際政治学のパイオニアだ。

この本にはいろいろと語りたいことがあるのだが、あまりにもそれが多すぎる。それは、この本が語っていることが、未だに浸透せず、かつ生かされていないからだ、と私は思っている。

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