釈迦と故郷
「釈迦と故郷」をご紹介します。釈迦は、釈迦国の出身です。釈迦国は小国であり、コーサラ国という大国に属していました。例えるならば、釈迦国はスネ夫であり、コーサラ国はジャイアンです。ジャイアンリサイタルを聴くよりも、釈迦の説法を聴いた方がよほどためになります。
剛田武のことはさておき、釈迦国がコーサラ国に攻め込まれることになりました。釈迦国がコーサラ国に対して無礼を働いたために、このような事態を招いたのです。因果応報ですね。ですが、釈迦からすれば、故郷が滅ぼされる寸前なので、居ても立っても居られません。
ということで、釈迦は「座り込み」を慣行することにしました。言うなれば、抗議活動ですね。コーサラ国から釈迦国への通り道で座禅を行うことによって、コーサラ国の人間に対して意思表示をするのです。例えるならば、盗塁しようとしているランナーを目で牽制するようなものです。
そんな釈迦の姿を目にしたコーサラ国王は「なぜわざわざ枯れ木の下で座禅をしているのか?」と問いかけました。それに対して釈迦は「枯れ木といえども、親族の陰は涼しいのだ」と答えました。釈迦が座り込んでいる場所は、釈迦族のシンボルになっている木の下です。釈迦は、その場所で座禅することによって、同族に対する親愛の情を表明したのです。
このようなやりとりが三度繰り返されました。「なぜ三度も行ったのか。一度で十分ではないか」という意見もあるでしょう。ですが、釈迦には釈迦なりの道理というものがあるのです。せっかくなので、なんらかの方法で時空を超越して、その道理とやらに耳を傾けてみましょう。
弟子の目連が「巨大な鉄の籠で釈迦国を覆いましょうか?」という提案をしました。ですが、釈迦は「釈迦国が滅亡するのは避けられない」と言って却下しました。座禅を行うことによって滅亡を先延ばしにできたとしても、根本的な解決にはなりません。釈迦は、座禅を三度で打ち切りました。漫画の連載で例えると、三週で打ち切りということです。釈迦先生の次回作に期待しましょう。
そもそも釈迦は、座禅を行いたくなかったのです。座禅を行うということは、政治的な活動を行うということに他なりません。釈迦は、政治家としてではなく、宗教家としての道を選んだ人間です。なので、政治とは一線を画していたのですが、故郷のことを想って、座禅というデモンストレーションを行ったのです。釈迦の人間味を感じられるエピソードですね。持つべきものは孝行息子です。アナキンは釈迦を見習ってほしいですね。
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