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たぐりよせて。

第1章 初めの一歩(2)

 「お前のせいだ。」

そう言い放ったのは先週まで付き合っていた人。
今では元彼となってしまったが、普通に結構好きだった。

中学校に入った時からくっついたり別れたりを繰り返してきて早8年。
途中他の人と付き合ったりもしたけど、結局あの人のところに戻っていた。
特に顔がいいという訳でもないし(むしろ周りからは普通に貶されてた)、
性格がすこぶるいい訳でもなかった。
ただ、あの人は優しかった。気がする。

今となっては、本当に私は見る目がなかったんだななんて思う。
あの人はあの人で色々考えたけど、やっぱり現状に満足出来なくて、
その原因を私になすりつけたかったんだろう。
分かってる。
人間なんてそんなに強くできていない。
でもやっぱり苛立つことに違いはない。
悲しみの裏返しだとしても。

今度会ったら罵倒してやろう。
もちろん冗談も60%くらい入れて。
私が好きだったのに変わりはないから。
でもあの言葉は絶対に忘れてなんかやるか。

そんなことを一人でフツフツと考えていると、
さっきとはまた別の人が話しかけてきた。
このなんとも言えない包容力はなんなんだろう。
こんな包容力があれば、私はあの人を許せただろうか。
別れようなんて決断はしなかっただろうか。

「大丈夫?元気ですか?」
「あ…大丈夫です。」

もうアイツのことはとりあえず忘れよう。今だけでも。

「初めましてだよね?店長のヒロです。」
「初めまして。よろしくお願いします。」
「よろしくです~。お名前聞いてもいいですか?」

名前…。本名?いやでも…
ヒロと名乗るその人はそんな私に気づいたのか、

「あ、別に何か悪いことに使おうって訳じゃないのよ。
呼び名があった方がいいかなと思って聞いたの。」

「あ、じゃあ、るり で。」
「るりちゃんね。るりちゃんはこういうところ初めて?」
「はい。知ってはいたんですけど、きっかけがなくて。」
「うんうん、そういう人多いの。やっぱり最初は勇気がいるからね。」

なんだかホッとした自分がいた。
レズビアンバーってもっとキラキラした空間で違う雰囲気を想像していた。
怪しいというか、妖艶というか、薄暗い中で秘密の花園のような。
完全に某海外ドラマの影響。

私は元々昔から女の子が好きだった訳ではない。

学生時代は男子と付き合っていて、
俗にいう「青春」のような日々を過ごしていたこともある。
でもだからといって女の子を毛嫌いしていた訳でもない。
可愛いなと思うし、綺麗だなと思うこともある。
それは至って当たり前のように私の中にあった。
私には私の感情しか分からないが、
その感情が性的なものに結びつくことは無かった。
だからこそあの子の気持ちに気づかなかった。

私自身、なぜ今ここに来てワクワクしているのか分からない。
人は新しい空間に来ると身体を強張らせながらも胸が躍り、
気分が上がるものだろう。
少なくとも私はその一人だった。
お姉さんやヒロさんと話すのはすごく心地が良かった。

スマホの画面が光った。LINEが何件か入っている。

LINEは返事が来るまでの時間を気にしてしまう。
昔のメールは良かった。
あのドキドキ感が良かったのかもしれない。
だからこそあの人のあの歌も流行ったのだろう。
今では見てしまえば「既読」というマークがついてしまう。
何だか無言の圧力をかけられているようで、
返信を急かされている感じがし、私は好きじゃない。
だからと言って来ているのに未読無視も好きではない。
なんと矛盾したことか。

『何してますか』

なんともぶっきらぼうな質問。でもそこがいい。
無駄な感情を乗せてこない。だからか急かされている感じもしない。
見た時に返したらいいのだと言ってくれているようだった。
私は飲みに出ていることを伝え、スマホを置き、
そのままの流れで煙草へと手を伸ばした。


何だかふと誰かの視線を感じた。
その方向を見てみると、目が合った。
その人はスッと目線をそらし隣の人との会話に戻った。
たまたまか。そう思い、そのままタバコを吸いながらお酒を飲んでいた。
たまにお姉さんやヒロさんと会話をしながら時間が過ぎていくのを感じた。
しかし、なんだろう。何度も同じ方向から視線を感じた。
自意識過剰かと思ったが、これは恐らく気のせいではないだろう。

まさか私の知り合い?でもこういう所に来る知り合い、私にいただろうか。いや、私でさえ公言している訳ではないのだから、
もしかしたら職場で会ったことがある人かもしれない。
そうだと正直面倒だと思っていまうな。

そんなことを考えていたら、隣に座っている人から声を掛けられた。


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