超短編小説　048

『蕎麦』

ほとんどの方がご存じだと思いますが、2013年に和食が「無形文化遺産」に登録されまして、和食に慣れ親しんできた私たちとしてはとても誇らしいことであります。最近では外国人の方が上手に箸を使って筑前煮なんかを食べてるのを見ると感心しますね。

しかし食べ方ってなると、昔と現代でマナーが変わって継承するに値しない食べ方ってのも最近じゃ議論に上がるほどらしいです。海外だとインドでカレーは手で食べる。同じように日本で寿司は手で食べる。現代では手で物つかんで食べるのは赤ちゃんくらいで、寿司を手でつかんで食べる人もあまり見かけなくなりました。見かけなくなったついでに、申し上げると、蕎麦も日本特有の食べ方があったんですよ。

与一
おーい、楽

楽助
何だい、よっちゃん

与一
昼めしの時間だ、蕎麦でも食いに行くか？

楽助
蕎麦かぁ、、、

与一
何だい、蕎麦って気分じゃないのかい

楽助
いやー、蕎麦はいいんだけれど、お前さんとはなぁ、、、

与一
なんだてめぇ！俺と蕎麦が食いたくねーってのか！

楽助
いやいや、そーゆうわけじゃなくて、

与一
じゃあなんだい？

楽助
よっちゃんさ、蕎麦をすするだろ、「ズルズルー」って

与一
ああ、すするよ、蕎麦食ってんだからすするだろ

楽助
それがさぁ、恥ずかしいんだよ、俺は

与一
蕎麦すすって食ってる俺が恥ずかしいのか？

楽助
うん

与一
何で？

楽助
蕎麦すすって食ってるよっちゃんをさ、他の客が見てんだよ

与一
なんでぇ、いいじゃねーか、美味そうに食ってるからだろう

楽助
はぁ、、、よっちゃんは時代ってもんを分かってねえや

与一
時代？

楽助
そう、時代

与一
令和だろ？

楽助
ちがうよ

与一
令和じゃねーのかい！？

楽助
元号じゃなくて、時代の流れってやつの話だよ

与一
何なんだい、一体全体、もったいぶらないでサッと言え！こっちは腹減って仕方がねぇんだ

楽助
つまりね、蕎麦をすすって食べる時代じゃ無いってこと、すすって食べるのは下品だってことなのよ

与一
じゃぁなんだい、蕎麦すすって食べている俺は下品なのかい？

楽助
うん

与一
俺は、他の客に白い目で見られていたってことなのかい？

楽助
そういうこと

与一
いつからそんな時代になったんだい

楽助
蕎麦すすっていいのは江戸時代だけ、令和は蕎麦すすらないの

与一
嫌な時代になったもんだねぇ

楽助
俺は気にならないけれど、外国人や若い日本人は蕎麦すする音が不快で「ヌードルハラスメント」って問題にもなっているんだってよ

与一
「ヌードルハラスメント」？国際問題になっているのかい

楽助
そう、だから今日は天丼食いに行こう

与一
おう

その日から与一は、外では蕎麦を食べずに、家で蕎麦をすすらないで食べれるように練習したのですが、子供の頃から身に付いている食べ方は、なかなか変えられなかったのです。しかし半月もすると、ようやくすすらずに蕎麦を食べれる自信がついたので、外で食べて練習の成果を試したくなりました。

与一
おーい、楽

楽助
何だい、よっちゃん

与一
昼めしの時間だ、蕎麦でも食いに行くか？

楽助
蕎麦？

与一
大丈夫！大丈夫！心配ない！ほれ行くぞ

蕎麦屋についた二人は向かい合わせに座り、ざるそばの大盛りを頼みました。蕎麦が目の前に運ばれてきて、蕎麦つゆをそばちょこに注ぎ、箸を持って、刻み葱とわさびを少々入れて、ざるから蕎麦をつかみ、つゆに浸し、口元に持っていき、いよいよ口の中へ蕎麦を入れる。と、

楽助
ズルズルーズルズルー

与一
・・・

楽助
ズルズルーズルズルー

与一
・・・　おい

楽助
ズルズルーズルズルー

与一
おい、楽

楽助
ズルズルーズルズルー

与一
おいって言ってんだよ！楽！

楽助
何だい？よっちゃん、食べないのかい？

与一
てめぇ、俺をだましたな！

楽助
はぁ？

与一
はぁ、じゃねぇやい！お前この前は、蕎麦すすって食べるのは下品だって言ってたのに、今は、お前がズルズルすすって食べてるじゃねーか！馬鹿にするのもいい加減にしろよ、こちとら蕎麦をすすらないで食べる練習をして、ようやくここにきてるんだぞ！

楽助
はぁ、、、よっちゃんは時代ってもんを分かってねえや

与一
また、時代だと？

楽助
そう、時代

与一
江戸時代じゃねぇぞ！令和だぞ！何が変わったってんだ！？

楽助
今月にねぇ、「和食の食べ方」が「無形文化遺産」に登録されたんだよ

与一
和食の食べ方？　無形文化遺産？

楽助
そう、日本人の先代の食べ方が認められたの、だから堂々と蕎麦すすって食べていいの、

与一
でも、周りに不快感を与えるんだろ、ヌードルなんとかってやつで

楽助
よっちゃん、もう、そんなこと言うやつはいないよ

与一
下品な食べ方だって言ってただろう？

楽助
下品なんてとんでもない！もはや、蕎麦をすすって食べるのことは文化的な行為なの！

与一
・・・文化的？

楽助
大丈夫かい？よっちゃん？

与一
えーい！もう分けがわからん！すきに食べてやる！
ズルズルーズルズルー！

楽助
よっ！文化人！

与一
ズルズルーズルズルー

楽助
よっ！日本一！

《最後まで読んで下さり有難うございます。》