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『歩き人』

『歩き人』【超短編小説 070】

地球に着陸して48日目が経った。
球型の人工冬眠器の中では、船長の牧村が既に覚醒していた。
本来なら人工冬眠器は、基地の中に移動されて、医療班や技術班に見守られながら解凍までの50日間を過ごしているはずだった。

しかし、牧村の人工冬眠器は、宇宙船の中にあった。
100年近い宇宙での仕事を終えて、母星への帰還を多くの人々に出迎えてもらっているはずだった。だが、外の気配は何もなく、人工冬眠器のAIとの会話だけが響いていた。

帰還した地球に、人間はいなかった。
生きている人間は一人もいない。
みんな死んでしまった。

最終任務を終えて帰還するために人工冬眠器に入る、その前から地球の状況について、船長である牧村は知っていた。帰還する15年後に、人類は絶滅していて、誰も自分たちを出迎えてくれないことを。

今、人工冬眠器の中で牧村は、地球の重力に慣れるためのプログラムを行っており、あと2日を残していたが、体はほぼ自由だった。AIとの会話も簡単な運動も無理なく出来た。

AIの情報から、同じ宇宙船の乗組員20名のうち、生存が確認されているのは牧村と、あと一人だけだった。

地球の情報を集めるために、様々なネットワークに繋げて検索してみたが、新しい情報はどこにもなかった。15年前のニュースのデータが、かろうじて見ることが出来るだけだった。時が止まってから10年近く経った今でも、地球上の電力とサーバーは、動いていた。人間という主がいなくなってもネットの世界は、更新されることのない情報を大量に保有していたのだ。

牧村は、最初、地球を元に戻す情報を探ったが、何も有益な情報は見つからなかったので、探すのをやめた。次に過去のドラマや映画やバラエティーやエンターテイメントの動画を見ていたが、それも見ることをやめた。人類がいない地球上に於いて、当時の娯楽は何の喜びにも知識にもならなかった。

牧村が最後に選んだのは、『歩き人』というシリーズの動画だった。
『歩き人』は、日本各地を歩いて、その景色を動画におさめたもの。
ただそれだけの動画だった。凝った編集も無く、気の利いた情報を与えてくれるでも無く、ひたすら目的地に向けて歩くだけの動画。しかし、その動画の中には、かつての地球の姿があった。生き生きと動き回っている人類の姿があった。それだけで、牧村の希望の光を灯すには十分だった。

着陸して50日後に人工冬眠器の扉が開いた。

人工冬眠器の中から牧村が出てきた、地面を踏みしめるが、転んでしまう。バランスをとる練習をしばらくしてようやく立つことが出来た。更に1時間ほど練習をしてようやく前に進めるようになった。

生命を維持するための食糧とサバイバルに必要な道具を入れたカバンを背負って、手には記録用のカメラを持って、牧村は歩き始めた。

胸ポケットに入れたノートの1ページ目には、「地球再生1日目 晴」と書き、表紙には『歩き人』と書いた。

まずは、もう一人の生存者のもとに牧村は、歩き始めるのであった。

#浅草駅A4出口➡浅草寺

《最後まで読んで下さり有難うございます。》
《牧村の観た動画は、こちら→『歩き人』浅草駅浅草線A4出口➡浅草寺

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