超短編小説 042
『足音』
私は高級マンションの管理人をしています。地域的に治安の良い地域で、住人の方々も裕福層の方ばかりなので、これといって、問題の無い日々を過ごしていました。
年末に401号室の家族が引っ越しをして数週間後には新しい入居者が決まったのですが、その新しい入居者が少し奇妙だったのでお話したいと思います。
その入居者の方は40代の独身女性で、色白で痩せており、あまり瞬きをしないような不思議な佇まいの方でした。ご両親の遺産でこのマンションを買われたのだと、入居当日に挨拶に来ていただいたときに聞きました。
入居してから一週間後にエントランスでお見かけしたので「こんにちは、新居には慣れましたか?何かあれば遠慮無く声をかけて下さいください。」と私は言いました。すると「少し足音が気になります。」とおっしゃったのです。確かに上の階の501号室には小学生のお子様もいらっしゃるので、それが気になるのかなと思い、それとなく501号室の住人にはお伝えいたしました。
年度末になり今度は501号室の家族も引っ越しされて、当分の間501号室は空室となったのです。すると、しばらくして401号室の入居者の女性が私の管理人室にやって来て、こう言いました「最近、足音が気になってしかたがないのです。」と。
私は501号室が空き家であること説明しましたが、女性は府に落ちない顔をしていらっしゃるので、部屋に伺って、その足音を聞いてみることにしました。
401号室に上がり、15畳ほどのリビングの端に立ち、私は耳を澄ませましたが、これといって足音は聞こえませんでした。すると私の隣に立っていた入居者の女性がスッと歩き出し向かい側の端まで進みこちらに向き直して「ね、擦るような足音が気になるでしょ?」と聞いてきました。
確かに擦るような足音は聞こえました。だって私の目の前で入居者の女性が歩いたのですから当たり前です。「気になるのは貴女の足音のことですか?」と私は聞きました。
「はい、前から少し気になっていたのですが、ここまで擦っていなかったと思うんです。体重が増えたのかしら。」と真剣な顔でお腹の辺りをさすりながら入居者の女性は言いました。
私は呆気に取られながらも、言葉を探して言いました。「夏までまだ時間があります、体重は少しづつ減らしていけば、足音も次第に気にならなくなりますよ。」
入居者の女性は瞬きをせずに私をじっと見ながら、ニヤッと上の歯だけを見せて微笑いました。
たったこれだけの話なのですが、今でも思いだすと鳥肌が立つのです。そんな奇妙な入居者の話でした。
《最後まで読んで下さり有難うございます。》
僕の行動原理はネガティブなものが多く、だからアウトプットする物も暗いものが多いいです。それでも「いいね」やコメントを頂けるだけで幸せです。力になります。本当に有難うございます。