【短編④】個人タクシー

(ちょっと怖い系につき、苦手な人は読まないでください)

大学生。夏の渋谷。

起業家と名乗る人から、ホテルのロビーでありがたい話を聞いたあと、僕は渋谷から家に帰らなくてはいけなかった。

しかし終電で帰ることができなかったため、タクシーで帰ることにした。

ただ、40キロほどある家までだと、タクシーは高い。

家のほうまで行く人で、乗せてくれる親切な人はいないものかと考えた。

終電後の渋谷は、みんなが遊びたい顔をしていて、その波に飲み込まれそうになっていた。

なんだか怖くなってきたので、早くその場を立ち去りたかった。

何度も宮益坂を往復し、スクランブル交差点も何度渡ったかわからない。

考えているようで考えていない自分を意識することなく、ひたすら歩いていた。

すると、知らないおじさんに話しかけられた。

「安くしとくから、乗らない?」

個人タクシーの人かと思いきや、どうやらそうではなかった。

タクシーというか、個人が車で人を運んでいるらしかった。

そういう輩もいることを初めて知った。

僕のような、わかりやすい顔をして歩いている人間を捕まえているのだろう。

「厚木まではいくらだろう?」

率直に、お金の話をしてみた。

「すぐ計算はできないけど、タクシーよりは確実に安いから安心して」

安心することはまず不可能であろう。

知らないおじさんの車に乗ろうとしているのだから。

さらには、いくらふっかけられても仕方ないのである。

とはいえ、このときは早く帰りたいという気持ちが先行していた。

「じゃあ、お願いします」

そう言って、車が止めてあるところに案内された。

さすが個人の車。通常の1BOXだった。

車で誰かが待ち伏せしていて、僕はその場で金を巻き上げられたり、殴られたり、どこかに連れて行かれるのではないかと想像していたけれど、なにもなくてあっけにとられた。

「さぁ、どうぞ乗ってください」

本当に、タクシーの運転手のように対応してくれた。

とりあえず246をまっすぐ行ってください。

高速を使ってしまうとさらに高くなるので、真夜中の車の少なさに甘えて、国道を選んだ。

ひとまずは無事に、車は出発した。

知らない人についていくだけでなく、知らない人の車に乗ってしまった。

これは、恐ろしく危険なことなのではないかと今さら思った。

とはいえ、乗ってしまったからには、どうしようもない。

「こういうこと、初めてですか?」

おじさんは、かなりざっくりした質問をしてきた。

とはいえ、的を得た質問と思った。

「そうですね。会って間もない人の車でこうして一緒に走るなんて初めてです」

ヒッチハイクともまたちがう緊張感だ。

おしゃべりな人かと思いきや、最後まで話すことなく、ケータイをいじっていたら家の近くまで来た。

家を知られたくないと思ったので、近くのマンションを家だと言って降ろしてもらうことにした。

言っていた通り、タクシーの料金よりは安くしてくれた。

しかし僕は、お金がないことに気づいてしまった。

なんということだろう。

「はい、お客さん。◯◯円ね」

「本当に申し訳ないのですが、今、現金がないようで。家にならあるのですぐ取ってきます」

そんな風に言って、タクシーを出た。

そして、僕は風のごとく、マンションとは逆に走り出した。

「ちょっと!!」

おじさんは叫んだ。

でも、自分も怪しいことをしているからなのか、そのまま叫んで追いかけてくることはなかった。

振り返らずに地の利を生かして、全力で走り続けた。

気づいたら、よく行く友人の家の前にいた。

そこから、5分ほどすると我が家がある。

大通りは通らないようにして、ゆっくり帰った。

なんだかもう、緊張で疲れてしまった。

早く横になりたい。

家に着くと、なぜか友人が家の前にいた。

もうすぐ朝になろうという時間に、うちの前で何をしているのか。

「あ、帰ってきた」

安心のような、怒っているような、不思議な顔をしていた。

「帰ってきたじゃなくてさ、なんでうちの前にいるの?」

「お前さっきケータイで言ってたじゃん。知らない人に運んでもらって帰るとか。やばすぎでしょ」

「あぁ、あのおじさんは巻いてきたよ。怖かった」

「気になって調べてたんだけどさ、渋谷でタクシーみたいなふりをして人を乗せようとするヤツ、ニュースに載ってたんだよ」

「え、そうなの?」

「そうそう。運んだ人が帰らぬ人になったって」

「マジかよ。でもさ、それが本当なら逮捕されて刑務所行きだよ。のほほんと渋谷で同じようにやってないでしょ」

「だからおかしいんだよ絶対。お前がその、おじさんの車に乗って帰ってきたの。この車で合ってる?」

「あ! さっきの車だ」

「うわ。だからおかしいんだって! 運んだ人ごと運転手も亡くなっているんだから」

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