【短編⑩】ネガティブ

彼は待ち合わせ時間にまたやってこない。

もう30分過ぎている。

仕方ないので、近くにある服屋で、服を見て待っているとLINEする。

既読になっても返事はこない。

遅れているのだから、返事ぐらいしてほしい。

服に夢中になっていると、彼から連絡があった。

「着いた。ミカどこにいる?」

さっき、近くの服屋にいると言ったと話した。

「早く来てよ」

彼に急かされる。

急かされるのは嫌い。

だから私は、いつも余裕を持って行動するのだ。

彼と合流した。

彼がなんて言うかを待つように、ゆっくりと歩み寄る。

「お前が遅いから、行こうとしてたお好み焼き屋並んじゃったよ」

驚いた。

彼はまず謝るより先に、私を説教し始めた。

「ったく、到着時間伝えてるんだから、待ってろよ」

イライラが続く。

そもそも遅れてきたのはあなただと指摘する。

「それはそれ。これはこれね。問題を差し替えないでください」

そうきたか。

このままではいつものピリピリ空気になってしまう。

空気を変えようと思った。

深々と謝り、彼を引っ張るように約束していたお好み焼き屋へ向かう。

並んでいると、彼のイライラはすぐにわかった。

「あぁ~オープンと同時にいるはずだったのに」

その通り。

余裕を持って待ち合わせをしていたのだ。

あなたが遅れてきたんだぞ。

「他行く?」

また彼が変なことを言い始めた。

今日はこの店に行こうという話から始まったデートだ。

メインを外すのはどうかと思う。

「腹減ったからさ。すぐ入れるとこ行こう」

言ったら聞かない彼である。

止めたところで、イライラに油を注ぐことはわかっていた。

結局、ハンバーグが美味しいとされる喫茶店に入った。

「美味しそうじゃん。すぐ入れたし」

私は、楽しみにしていたお好み焼き屋のことをまだ気にしていた。

「何イライラしてるの? ねぇ本当はイライラしたいのはオレのほうなのにこうやって明るく振る舞ってるんですけどそういうのわからない? 君はなんて子どもなんだろうね」

そうだよね、私は子どもだよね。

そう言い聞かせる。

いつもこのようにして、私がきっと悪いんだと思って流されてしまう。

このままで、本当にいいのだろうか。

「ねぇ、私が子どもっぽいことは認めるとして、そもそも今日ってケンが遅刻したことから始まってるよね?」

「あぁ出た。過去のこと蒸し返して今起きていることをごまかそうとするやつね。はいはい」

私はまた、何も言えなくなってしまうのだろうか。

なんだか、言葉に詰まってしまう。

「蒸し返すつもりはないけど、遅刻してきたことは謝ってもいいんじゃないの?」

「あぁもうわかったよ。ごめんね、以上」

「ぜんぜん気持ちこもってない。まぁいいけど」

「はぁ? こもっているか決めるのはお前じゃないだろ。こっちは素直に謝ったんだよ。折れたの。大人だから」

「子どもでごめんね」

そんなことを言っているうちに、ハンバーグがきた。

「うまそ! いただきます!」

彼はまだ熱いハンバーグにかぶりつく。

口の中で冷ましながら、明らかに火傷していそうな舌でうまく転がす。

熱いのがわかっている上で口に運ぶのは、お腹が空いて仕方ないということなんだろう。

あぁ、なんて子どもなのかと思う。口のまわりも汚れているし。

「う~ん。いまいちだな」

また彼のこれが始まった。

何かを食べる度に、じっくり味わい評価する。

決して最初に、「美味しい!」という私がほしいたったひとつの言葉は出てこない。

2人で美味しいって言いながらご飯を食べることが、幸せなのだ。

「まぁそうだよね。そりゃすんなり入れるよねこれじゃ」

彼は声のトーンを落とさずに言う。

店の人に明らかに聞こえているだろう。

恥ずかしくなるのはいつもこちらだ。

今すぐここから抜け出したい。

「やめなよ。別に今ここで言わなくてもいいじゃない」

「はぁ? なんで感想言うのにここで言っちゃいけないんだよ」

また始まってしまった。

何を話してもケンカになりそうな気配がする。

もう、何か言うのはよそう。

疲れるし、恥ずかしい。

まわりにどう思われているだろう。

ハンバーグの味などわからなくなるほどに、とにかく彼を見ていてハラハラした。

「ねぇ、あれミカじゃない?」

たまたま向かいのテーブルに座っていたミカの友人であるサナエとマリが、ミカの存在に気づいた。

「ミカ、また彼氏つくったんだ」

「知らなかった? けっこう前だよ」

「もう何人目? わからなくなっちゃうんだよ」

「ミカと付き合う彼のこと知っててさ」

「なんかすごく嫌な感じだよね。ピリピリしてて」

「それがね、ミカと付き合う彼ってみんな最初は温厚で優しくて、誰もが羨むような器の大きい人なんだよ」

「え! なにそれ! そんな風にぜんぜん見えないんですけど」

「だからさ、ミカの本当に悪どい所。そういう彼が変貌していく様を見ているのが気持ちいいんだって」

「うわぁ。引くわ」

「でも彼は別れられないの。自分に依存するようにコントロールしていくんだってさ」

「とんでもない女だなほんと」

「飽きたらポイだよ。信じらんないよね」

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