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人と私

自分を一番理解していると思っていた人がそうじゃなかった。

大事だと思って大事にされてると思った人が私との縁なんて簡単に切れる人だった。

自分の人生変える出会いと思えたほどの人が、クソだった。

恋愛をするために生きてるような私のような人間でも、恋愛以外の人間関係で好きな人やそれ以上に重要な人は今までの人生でいた。

でも今日、また1人いなくなってしまったみたい。

人との関わり方がみんなの普通と私はやっぱり違うみたいで、懸命に私の頭の中を言葉を紡いで伝えるけど、失敗しちゃう。
いくら必死に言葉を紡いでも相手に受け取る気がなければ伝わらないことが、何度も私の心を抉るけど、私を大事にしていると思っていた人でさえそうであるということが、私と人や社会との関わりに、諦念と絶望を感じさせる。

人間は一人一人全く違って完全にわかりあうことはできないけど、わかり合いたいと思って努力し合うことはできると、理想主義者の私は思っている。

でも、人間関係に対してそんな深いつながりを求めている人はやっぱり少ないみたいだ。

かといって、死にたさを抱えながらこんな世の中を1人で生きていけるほど私は強くない。

それに私は何度人に傷つけられようと、人が好きで仕方がない。

でも、信じていた大事な人の人生にとって私が要らないとされる言動からは簡単には立ち直れたくて、人と真剣に関わることに臆病になっていく。もうあと少しで一年たつのに、恩師から裏切られたこともいまだに傷ついてる。信じるってこっちの勝手なことかもしれないけどね。 

自己防衛のために真剣に人と関わることを全くやめて、人を信じず、大事にしないなんてこと、馬鹿でクソ真面目な私にはできない。

人と関わることが好きだけど、人と関わってたくさん傷ついてきた人生。人間しか言葉を使わないから、私は自分はとても人間をやっていると思う。

誰よりも人間らしく泥臭くしか生きられない私が笑顔で過ごす未来はいつまで経っても見えない。けど、今日も一瞬でも人と深く交れた、笑い合えた一瞬が私を生かしている。

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