『三日間の幸福』と卯月コウ *ネタバレ有
最近、三秋縋さんの『三日間の幸福』という本を読んだので、それについての感想を卯月コウと絡めてここに書き殴ります。
あらすじとしては、主人公が残りの寿命の30年を30万円で売るって話です。ここで興味が湧いた人は是非ブラウザバックして、本屋か図書館に行ってください。
ネタバレ有りなので、これから読もうと思っている人はブラウザバック推奨です。
………………
そもそも、三秋縋という作家は卯月コウ経由で知った。
デビュー作である『スターティング・オーバー』は読んだので(これも名作だ)、次にコウが入口としてオススメしていた『三日間の幸福』を読むことにした。
結論から言うと、
感情爆発したよ………
いやー、本当に凄い本だった。
『スターティング・オーバー』でもそうだったんだけど、主人公がどうしようもない、終わってる人(雑な表現だけど……)なのが凄く好きなポイント。
僕も割とそちら側の人生を歩んできた人間だったから、とても感情移入できた。
逆説的に、「人生楽しい〜」って感じの人にはあまり刺さらないかもしれないけど、ストーリー単体で見ても面白いので、やっぱり名作。
個人的にエンディングが凄い好きで、ハッピーエンドにもバットエンドにも分類されない、でもビターエンドって言葉は少し違う、そんな感じ。
主人公はヒロインの借金を返済するために絵描きの才能が開花して価格が爆上がりした寿命を、残り三日残して売り払う。しかし、最後の三日間は監視がつかないとのルールから、ミヤギは姿を消してしまい主人公は悲嘆に暮れる。だけど、ミヤギも同じように寿命を三日残して売り払い、借金を完済して今度はみんなに見える状態で帰ってくる、ってところでエンディングです。(雑な要約は許してくれ)
外から見る読者からすれば「でもこの三日後に死んじゃうんだよね……」って思ってしまう。
でも、最後のこの
多分、その三日間は、俺が送るはずだった悲惨な三十年間よりも、俺が送るはずだった有意義な三十日間よりも、もっともっと、価値のあるものになるだろう。
という一節で彼らにとってはこの終わり方が文字通りの「これ以上ない」ハッピーエンドなんだ、って気付かされる。
この一節のおかげで決して100%のハッピーエンドとは言えないのに、爽やかな読後感がある。
この物語の全てはこの一節に集約されると言っても過言ではないだろう。
バッドエンドの中に見出したハッピーエンド、絶望の中のささやかな救い、暗がりの中の美しさとでも言うべきか。
これこそ、卯月コウの言う「暗がりの中の美しさ」「暗がりの中のエモ」だろう。
そして、この他にもこの本を読んでいて何回か卯月コウを想起させられる部分があった。
例えば、主人公が幼馴染に手紙を書くシーンの一節では
俺が言いたいのはこんなことでは無い。そして言いたいことを正確に書き記すのは不可能だ。言葉にすると、それはかえって死んでしまうだろう。
は彼のこのツイートを想起させられたし、
言葉って綺麗だなって思うけど、形を成していないままの自分の感情を無理やり言葉にすると綻んじゃうことがあって、ふとした時にちゃんとその輪郭をわかってあげられるまで大事に持ってたいなってなって口を噤んでしまう。口にしないと伝わらないけど、伝わらない感情への誠実さはたしかにそこにある
— 卯月コウ🌙 (@udukikohh) April 9, 2019
あとがきの
「不幸な自分」がアイデンティティになった者にとって、不幸でなくなることは、自分でなくなることです。不幸に耐えるために行っていた自己憐憫はいつしか唯一の楽しみとなり、そのための不幸を積極的に探しに行くようにさえなります。
という記述は、コウが前に語っていた(というか切り抜きで知ったんだけど)「優しさ」がアイデンティティになっている人と共通点があると思う。
本配信↓
その他にも本作は夏のエモさだったり、軍団のみんなには刺さる内容ばっかだから、気になったなら是非読んで欲しい。
コウを追い始めてまだ一年くらいだけど、その間に彼からは自分一人じゃ抱えきれないくらいの感情を貰ったし、彼の配信を楽しめるなら、自分が抱いてきたコンプレックスだったり後悔も捨てたもんじゃないって、思えるようになった。
これからもゆっくりと、あいつのことを追い続けていきたい。
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