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先々代の教えを、先代から聴く

「おじいちゃんは本当に立派な人でなぁ…」

うちの父親がたまに口にする言葉。

★★★

年齢にもよるが、先々代から直接教えを受けるアトツギは、そんなに多くないだろう。仮に一緒に働けたとしても、現役バリバリではないだろうし、先代というレイヤーが入るのが普通だ。

時代は違うものの、企業文化を知る上で先々代の教えを知ることは意味がある。そういう意味で三代目以降のアトツギには、先々代の教えを先代や古参の従業員、業界の大先輩から聴くのをオススメしたい。

今回は三星グループの先々代(岩田悦次)の教えをシェア。

あえての「紺屋の白袴」、清潔整頓を徹底!

三星グループの祖業は生地の艶付け業で、後に染色整理業に発展した。つまり、布に色を付けるのが仕事だ。

にも関わらず、三星の制服は昔からずっと「白一色」だ。「汚れが目立つし、もっと濃色にしたら?」という意見は出るが、実はここに三星のこだわりがある。

その昔、若き悦次社長が染め工場に出社した。清潔整頓が徹底されていないのを見て「おい、そこの君、ちょっとここで寝転んでみろ。白い制服はお客様の布を汚さないように、自分たちですぐ汚れに気づくためのものだ!」と一喝。生産を止めて、みんなで丸一日、大掃除をしたそうだ。

工場長を長年務めてくれていた古参社員も「悦次会長がいらっしゃると、現場にピリッとした空気が流れました。」と言っていた。そんなカリスマが、僕も欲しい(笑)

紺屋の白袴
人の白い袴を紺色に染める紺屋が、染める仕事に忙しく、自分は染めていない白色の袴をはいていることから。転じて、他人のことにばかり忙しく、自分自身のことに手をかける暇がないということ。
一説によると、紺屋は仕事中に染める液を自分の白袴には一滴もつけないという、職人の誇りを表しているともいわれている
「紺屋(こうや)」は「こんや」の転で、染め物屋のこと。
「こうや」は「こんや」、「しろばかま」は「しらばかま」とも読む。
ことわざ辞典より

えっつぁまの口ぐせは「かけた情けは水に流せ。受けた恩は石に刻め。」

冒頭の父のセリフにも繋がるが、先々代は人徳者だったそうだ。業界では「悦次様→えっつぁま」と呼ばれて親しまれていたらしい。会社にも、地元の方々からの寄付で作られた銅像があったりする。

そんな祖父の口ぐせは何だったのか、父に聴いてみたところ「う〜ん…そう言われると、『かけた情けは水に流せ。受けた恩は石に刻め。』ってよく言っていたなぁ。」と。

確かに、父親からも「自分は誰々を助けた」という話だけでなく、「誰々に自分は助けられた」という話もよく聴く。父親の場合は、量は同じか、ちょっと「かけた情け」の話が多めかもだけど(笑)

★★★

その他にも、えっつぁまは踊りが上手だったらしく、お座敷に来る芸姑舞妓はめちゃくちゃ緊張していたなど、風流人だったそうだ。僕が繊維業界に入ったばかりの頃、取引先の大先輩に「えっつぁまにはよく飲みに連れて行ってもらったよ。孫がこんなに大きくなったんだなぁ。」と懐かしがられたこともあった。

あと、孫に「親分」と呼ばせ、孫のことを「おい、子分」と呼んでいたのはよく覚えている。孫全員にこっそり「お前が一の子分だぞ」と言っていたと知ったのは、ずいぶん大きくなってからだ。

こういう話も、意図的に聴いて、メモをとったりしないと時の流れと共に忘れ去られてしまう。

アトツギよ、先々代の教えを先代に聴こう!

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