見出し画像

相田みつをに自我を食い破られたくない

相田みつをとは小学生のときにはじめて出会った。それから今日に至るまで、彼はずっと僕の敵だ。なんで敵かって言ったら、怖いからだ。相田みつをが怖い。怖すぎる。

なんで怖いかって言ったら、超強いからだ。相田みつをは強すぎる。世代を全く選ばない国民的スタンダード。名言の一つ一つに誰もがつい感心させられる。たぶん日本語を使う人は全員漏れなく、相田みつをの名言から自分の人生を考えたことがある。これ、とんでもないことだろ。

身の回りを見てみろ。寺に行ったことがない奴はいない。神社に行ったことがない奴はいない。そして相田みつをを知らない奴はいない。僕たちの精神を作ってきたのは仏教、神道、相田みつをだ。規模も歴史も劣るくせに、僕たちの考え方への侵入度合いでいえば相田みつをは世界宗教に匹敵する。強すぎるんだよ。こんな強すぎると、もう怖いだろ。

思い出してくれよ。全校集会、校長先生の長話。みんな退屈だったろ。今朝見た犬のこと考えてたろ。僕もそうだった。

でも、校長が「相田みつをがこんなことを言っています」と言った瞬間、僕はつい背骨の角度を変えちゃうんだ。「なんか出るぞ」って思っちゃうんだよ。周りもみんなそうだ。さっきまで猫背だった奴の背筋が伸びる。ぼーっと突っ立っていた奴が体重を前にかける。校長の口を借りて、相田みつをが降臨する。どうせ良いことを言う。そして、やっぱり感心させられる。

僕はあの強すぎる魔力が怖いのだ。異常なまでに心に寄り添ってくる。他のあらゆる言葉とは比にならないくらいスっと入り込んでくる。強すぎる。だからこそ、なんとしても抗いたい。相田みつをを前にしてもなお、今朝見た犬のことを考えていたいのだ。

だいたい、みんなが信用し切ってる相田みつを、彼が善人である保証がどこにあるんだ。めちゃくちゃいいことを言うからといって、全面的に受け入れていいのか。

「にんげんだもの」の本当の意味が、「お前たちの思考は制御できる、にんげんだもの」だったらどうするんだ。あの言葉にすがる僕たちを見て、相田みつをが「やはりだ、すべてはこの詩の通りになる」って笑ってたらどうする。20世紀少年と同じ展開だぞ。

「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」が、「お前たちのしあわせはいつも相田みつをが決める」だったらどうするんだ。「じぶん」がマジで「相田みつを本人」を指し示してたら本当に怖いぞ。エスターみたいな嫌な映画が始まりそうだ。

ああもう、なのに、なのに、いざ相田みつをの言葉を前にすると、受け入れてなるものか、信じてなるものか、僕は相田みつをとは違う価値観を持っている、僕は僕で自分でいられるぞ、と構えても、構えても構えても、説き伏せられちゃったりするのだ。強すぎるんだよ。頼むから教室に日めくりカレンダーなんか置かないでくれ。僕が相田みつをになってしまう。

そうだ。相田みつをになってしまうのだ。相田みつをはヒトを媒介して拡大していく。ヒトのくせにヒトを媒介するな。どういう意味なんだ。

でも実際、相田みつをになってしまった人たち、世の中にめちゃくちゃ多い。周りにもいる。悩みについて相談したら「にんげんだもの」が返ってきたこと、一度や二度じゃない。ふざけんな。それが返ってくるなら初めから相談しないわ。相田みつをを買うだろ。

あるいは校長。日本の大半の校長は、すでに相田みつをだ。世界にただ一つしかない自分の口から、相田みつをの言葉ばかり吐きやがって。「相田みつをがこんなことを言っています」って言えば生徒が聞くと思うなよ。聞いちゃうけど。聞いちゃうけどさ。

いや、考えてみれば、毎回律義に「相田みつをがこんなことを」って言う校長はまだいいんだ。ひどい校長になると、出典が相田みつをであることを示さず、相田みつをの言葉を使うんだよ。ふざけんな。僕はあんたを認めないぞ。それはもうおしまいだろ。「にんげんだもの」が決め台詞の奴、この世に何人もいらないだろ。せめて語尾変えるくらいしろよ。生徒に出所バレるなよ。

ともすると、あるいは、あるいは校長自身、自分が相田みつをの言葉を話していると気付いてないのか?それなら本当におしまいだぞ。相田みつをが無意識領域にまで浸透したのか。相田みつをに自我を食い破られてしまったのか。

食い破る?相田みつをってそんな肉食獣的なやり方で脳をジャックするのか。全くイメージないぞ。

「相田みつをに自我を食い破られる」とか「相田みつをは肉食獣的なやり方で脳をジャックする」とかって一行、たぶんここでしか見られない。目に焼き付けてくれ。

ああ、でもそうだ、わかったぞ、僕は相田みつをに自我を食い破られることを恐れているのだ。相田みつを、こっちにくるな。僕の幸せは僕の心が決めるんだ。人間だもの。

サポート頂けた場合、ライブ会場費、交通費などに宛てます。どうぞよろしくお願いいたします。