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巨根と孔子

学校で習う科目のうち、一番好きなのは国語だった。好きが高じて、いつの間にかかなり得意になっていた。全国一位を取ったこともある。現代文、古文、漢文、どれも好きだったが、大人になり漢文とは疎遠になった。

原因は明確で、漢文だけほとんど勉強しなかったせいだ。読み方のルールだけは覚えたよ。そこはみんなもやろう。でも、文章をちゃんと読んだ記憶がほとんどない。

僕にとって高校漢文の大部分は、漢字の意味を組み合わせる推理ゲームでしかなかった。それで点が取れてしまうんだから模試の問題も悪い。

早々にある程度出来るようになってしまったせいで、僕には漢文から何かを深めることが出来なかった。当時も読まなかった文章を今読むってのは、ちょっとハードルが高い。今も深度はそのままで、一般常識として孔子の名言を何個か知っている程度だ。

とはいえ、10代の頃に身に着けたものは一生モンになる。僕は今も、漢字の字面から意味をあれこれ考える推理ゲームが大好きだ。


そして僕には、この推理ゲームをするにおいて、どうにも納得できない熟語がある。「巨根」だ。

ここからはずっと「巨根」の話だ。国語の勉強法が聞けると思ったキッズは東進に帰ってくれ。

とにかく、僕には「巨根」がわからない。なんで「巨根」が「デカい男性器」という意味になるんだ。なんで「デカい男性器」が「巨根」なんだ。誰か説明してくれ。なんで根なんだ。どっちかというと茎だろう。「陰茎」って言うし。揃えろよ。ルールを守れ。「巨茎」じゃだめなのか。

「陰茎」はいいよ。陰の茎、まさに男性器って感じがする。それに引き換えなんだ、「巨根」って。バカにしやがって。桜島大根とか三浦大根のことを「巨根」って言うならわかるよ。デカい根だから。なんで男性器が「根」なんだよ。

ああそうか、「男根」から来てるのか。そっかぁ。いやなんでだよ。なんで「男根」を「陰茎」より優先するんだよ。「陰茎」の勝ちだろ。「男根」が男性器だってわかるのは、「男」がだいぶ意味を引っ張ってくれるからだろ。「巨茎」でいこうぜ。「巨根」ってなんだよ。

もともと男性器はそんなに根っぽくないんだよ。「男根」という熟語も、「男」で強引に引っ張って、ギリちんこの影が見えるだけだ。それがどうだ、「巨根」ともなれば、もうちんこの背中も見えない。ちんこの背中ってなんなんだ。頭がおかしくなりそうだ。全部「巨根」のせいだ。「巨根」は許されない。そんな言葉あっちゃいけない。

文科省は何をやっているんだ。岩波書店に三省堂に小学館、名だたる国語辞典の出版社どもは何をやっている。やっていい言葉狩りもあるんだよ。いけいけ言葉狩り。押せ押せ言葉狩り。義を見てせざるは勇無きなり。早く「巨根」を狩ってくれ。

しかし、しかしだ。政府機関や出版社どもに「巨根」を刈ることはできない。言の"葉"ではなく"根"だからな。役人風情の冷たい鎌は、地の底までは届かない。花も葉も茎も枝も刈り取られたあとで、「巨根」は"根"だから残ったんだ。

ってことはそうか、もともと「巨茎」もあったのか。刈り取られたあとだったのか。「巨花」「巨葉」「巨枝」もかつては存在したわけだな。僕なら「巨葉」がかっこよくていいな。

にしても「巨根」め。はなから刈り取られることを前提に地面に潜るなんて、性器のくせに賢いぞ。仲間たちが刈り取られる中、IQテストのインチキ回答みたいな手段に出やがって。おい「巨根」よ、みんなが風に吹かれ、雨に打たれ、文科省や三省堂に刈り取られている間、どんな気持ちだったんだ。

ああ、嫌だ。僕は「巨根」という言葉が本当に嫌だ。なんて狡猾で意味不明な奴なんだ。



ただ、言葉としての「巨根」は嫌だが、存在としての「巨根」は、少しかわいそうだったりもする。

友人にとんでもない「巨根」がいる。あれはデカすぎる。茎でもなければ根でもない。とても植物で例えることはできない。強いて例えるならば、太ももだ。人体の部位を人体の部位で例えるなんて、そんなバカなことはないよ。でもそうせざるを得ない。小さめの太ももを思わせるそれなのだ。

彼は性交渉で相当苦労するらしい。そりゃそうだ。「大きければ大きいほどいい」なんてのはエロコンテンツが産んだ幻想だ。過ぎたるは猶及ばざるが如し。女性器は太ももを入れる仕様になっていない。毎度毎度、彼は交際相手と阿鼻叫喚の季節を経て仲を深めていくらしい。エロ漫画なら無双主人公になれる彼も、現実では悩める一般人だ。太ももがあるばっかりに。



待てよ。彼の「巨根」が「太もも」だとしたらだ。本当に太ももだとしたらだ。彼には太ももが三つあることになる。すると、理論上「股間」が二つあることになる。

これは日本語を根底から覆す大問題だ。一般に「股間」は一人につき一つだ。だからこそ、「股間」とは三角地帯のエリアと性器のことをゆるっと指し示す便利ワードになれたのだ。そんな「股間」の持つメリットがまるっきり失われてしまう。だって、二つあるのだから。

彼の股下、そこにはあろうことか、「右股間」と「左股間」があるのだ。右翼の股間と左翼の股間。保守主義の股間と革新主義の股間。股間と股間。股間二大政党制。

にしても、なぜそんなことになる。なぜ股間から二大政党制の話になる。原因は明確だ、二つの股間のその間、そこにそびえる彼のそれ。そいつのせいだ。

あいだのあいだ。股間と股間の間。改めて名前をつけるならば、それは「股間間」だ!そうだ!「巨根」とは「股間間」だったのだ!こかんかん!今後僕は、デカい男性器のことを「股間間」と呼んでいくぞ。こかんかん!これはベストワードだ。

こかんかん!古文漢文漢文。科挙リスペクト、孔子に捧げる国語教育。ほとばしる孔子への熱い思い。皮肉なものだ、孔に入りにくい子なのに。

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