映画 『Afterglows』

昔々
「人は人の為には泣けない 
                  自分の為に泣くのだ」
という言葉を強く覚えていて
私はずっとそう思って生きている。
悔し涙もしかり
感動や悲劇は自身と重ねて涙。
失恋、大切な人の死
これらは会えなくなった寂しさから涙。

今回「Afterglows」は死とそれらにまつわる視点で観た。
主人公「輝」の妻さゆりが自死する所からはじまる
以前なら(さゆり理解して貰えなくて辛かったね
可哀想)だったが、本当にそうか?当て付けでは?理解者ぶって神経質でキッチリした母親に言っていた言葉は母に向けた嫌味に聞こえる。
母は娘の理解者と思い込むから輝に「哀しみをぶつけてこないで!」なーんて可哀想な母発言できるんだなと。
さゆりの死の方向は「貴方たちの理解不足」という外へ向けた死。

かたや輝は「なんも知らねーくせに!」とこちらも愛妻を亡くした寂して哀しい夫風

気づかないふりを袴田に詰められてもなお、可哀想な僕…哀しい僕
他人をも巻き込む弱き人間
ラジオから流れるエッセイ…
これらを全て語っている
次回はラジオから流れるエッセイに集中して鑑賞したいと思う。

モノクロという色んな個々の思い考えが残光として残る映画。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?