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冬のまつりは花火が似合う6

バーを出た私達夫婦は、そのまま馴染みのスペイン料理店で遅めの夕食を食べる事にした。

食前酒を飲み、2杯目の赤ワインが運ばれてくる頃には夫はずいぶんと酔っていた。

「あの、若いピアニスト…凄いね。音が波打ってた…グルーブ感たっぷりで…なかなかいないよ。ああいうアーティスト。また一緒に聴きに行こうね」無邪気に笑う姿にチクっと胸が痛い。夫は彼の事をとても気に入ったようだ。

私は黙って話を聞くふりをしていた。

グラスを傾けると、ピアノと甘い歌声が蘇る。

柔らかくて冷たい彼の指の感触。少し開いたシャツの襟からのぞく細いネックレス。右目の下のそばかす。ラフに整えられた髪。

彼独特の甘い引き寄せられるような、微かな香り。若さと荒々しさが混在した匂いがした。

「どうしたの?」
「えっ?」

「さっきから指先ばかり見てるよ」

夫に言われるまで、気づかなかった。無意識に彼に触れた指先を見つめていたようだ。

「また会いたい」と動く唇の動きを思い出す。私の気持ちをもて遊ぶようにゆっくりと、艶のある瞳で見つめてきた。

もう一度触れたらきっと我慢できなくなるだろう、触れたらそのまま指を絡めたくなる。見つめ合いたくなる。分かっていてもその欲望を抑えきれないだろう。

それが怖い。怖いのに会いたくてたまらない。


「再来週、また彼のLiveがあるよ、行くでしょ?」
夫に言われ「ええ、気が向いたら」と頷いた。

この気持ちに誰にも気づかれたくない。
私と彼だけの秘密だ。繋がっているのに繋がる事ができない。もどかしさと後ろめたさに興奮する自分に驚いていた。

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