見出し画像

発想のヒントは “ 日常 ” にある。「編集視点」をビジネスや創作に活かす 嶋浩一郎さん×塩谷舞さん

日本経済新聞とnoteの共同イベント「ビジネスにも役立つ 『編集視点』の活かしかた」。

博報堂ケトル取締役の嶋浩一郎しまこういちろうさん、文筆家の塩谷舞しおたにまいさんが、「編集視点」でのものの見方や考え方などについて教えてくれました。

こんな方々におすすめの内容です。
・企画やアイデアをつくるコツを知りたい
・アウトプットにつながる情報収集術を知りたい
・ひとに伝わる文章のコツを知りたい

「編集」とは何か

ーー最初に、基本的なことをうかがいます。「編集」とはどういうものだと考えていますか。

 「編集」に正解はないんですよ。

一般的には「編集」って、「情報を整理整頓して、ひとに見せる」ことだと捉えられていると思うんです。しかし、僕にとってそれは、「編集」をするための基礎スキルでしかありません。

「編集」の仕事はもっとクリエイティブ。「新しい視点を世の中に提示する」のが編集者の仕事だと、僕は考えています 。

登壇する嶋浩一郎さん
博報堂ケトル取締役の嶋浩一郎さん

 たとえば、約100年前の民藝運動。柳宗悦やなぎむねよしという思想家が、それまでだれも見向きもしなかった生活の中の道具を取りあげて「これいいじゃん」、「こういう見方をすると、道具の別の価値がわかってくるよ」と言った。

民藝とは

それによって、多くのひとが「民衆的工芸(民藝)品っていいな」と気づいて。「民藝」というカテゴリーができ、「日本の職人のものづくりを大事にしよう」という新しい価値観が生まれました。

身近な例では、「朝ラーメン」や「朝飲み」。

時代や嗜好性の変化を感じたひとが、世の中に新しい価値提案をする。「朝、ラーメン食べるのたのしくない?」、「朝飲みするのよくない?」と。そしてどちらとも、世に広まっていきました。

このように、新たな「視点」を提供することが「編集」の仕事であり、そこから新しい価値を生みだせるという点が、編集者としての醍醐味でもあります。

塩谷 嶋さんは手掛けておられる商品や広告の幅がとても広いですが、私はどんどんパーソナルな狭い領域に進んでいって、いまはエッセイストになっているのですが。そういう立場から編集……というか、編集力を持つということがどういう状況かと考えると、自分の管理者権限を他人に譲渡しないことだと思っています。そのうえで、とくにここ数年メディアを必要以上には見ないようにしています。何かしらの意図を持って編集されたものを見続けるというのは、知らず知らずのうちにだれかの編集の傘下に入ってしまうことにもなりますし。

登壇する塩谷舞さん
文筆家の塩谷舞さん

塩谷 編集力を持つことを、私はカレー屋さんにたとえているのですが……。自分がカレー屋さんを営んでる場合、ほかのカレー屋さんの味は参考にするかもしれないけど、常連にはならないじゃないですか。それよりも、お肉屋さんや八百屋さん、畜産業や農業をされている方々と向き合う時間のほうがきっと多いし、そのほうがよいカレー屋さんになるんじゃないかと思います。

たとえば、近ごろ久しぶりに自分の名刺を刷りなおすことにしたんですね。ただ、コロナ禍の前に比べて、印刷の値段がすごく高くなっていて。そうした印刷費用から物価の高騰を感じることができるし、そこから発展して製紙業のことも調べようとなる。ほかには、コロナの規制緩和が進んでひととの出会いがふえているから名刺があらためて必要になることなど、時事ネタをいっぱい見つけることができます。

こういうふうに、日常の中にある違和感を見逃さないようにすることを意識的にやっているのかもしれないです。そのためには感受性がガバガバに開いている状況でいたいので、あえてメディアに触れる時間を減らすようにもしていますね。毎日山のような情報に触れていると、何も感じられなくなってくるので。

ひとと違う視点を持つための情報収集法

ーー嶋さんはどのように情報収集をしているんですか。

 僕は、かなり積極的に情報収集をします。新聞も雑誌もたくさん読むし、ネットメディアも見る。ひとの話もよく聞きますね。

情報収集では、「ひとがまだ見つけていない、『辺境』の情報を集めてくること」を大事にしています。

物事は、分類された途端に価値や序列が決まってしまいますよね。僕は、いまはまだない価値を新しくつくり出すことに醍醐味を感じているから、まだ言語化も、分類もされていない情報が大好きなんです。

いま世間で話題になっている物事を把握して、それをビジネスに活用することももちろん大事。でも僕は、「辺境」からしか、新しい変化は起きないと思っているんです。

ーー 「辺境」って、世の中に数多くありますよね。見つけるのがたいへんそうです。

 僕なりの探し方がいくつかあります。

二つ例をあげると、一つは、とくに興味がない分野の本をあえて読んでみるという方法です。異分子を身体の中に入れていく感じですね。そうすると、自分の知識と、知らなかった分野の情報とが合わさって、頭の中でケミストリー(化学反応)が起こることがあります。

もう一つは、いままでの常識ではちょっと考えられないような行動をしているひとを見かけたときに全部メモする、という方法です。

たとえば、路上飲みをしているひとを見かけたらメモるとか。ひとは自分の新たな欲望を言語化するのは苦手だけど、行動に表すことがよくあるんです。だから、変なことをしているひとって、もしかすると新しい生活者の欲望の発露かもしれないんです。

伝わりやすい文章の書き方

ーー思いついたアイデアや考えを、ひとに伝わりやすい文章にするにはどうすればよいでしょうか。木村石鹸さんのnoteの記事「うちの社員は、ほんまに凄いんやぞ」をもとに、お話をうかがえればと思います。

塩谷さんが、記事作成のアドバイスをされたそうですね。

塩谷 木村社長のツイートを読んで、なんてすてきな話なの!と思ったんです。きっと多くのひとに響くコラムになるから、noteにもっとくわしく書いたほうがいいですよ、もしよかったら編集的なアドバイスもしますが……と木村社長に一方的にDMしました。

木村社長が2020年7月31日に書いたツイート「親父はいつも『「うちの社員は凄いんやぞ」と言ってた」
木村石鹸 代表取締役社長・木村祥一郎さんのツイート

ーー記事制作をめぐる塩谷さんと木村さんの詳細なやりとりについては、木村さんがこちらの記事に書いています。

結果、1443件もの「スキ」がつきました(2023年1月26日現在)。塩谷さんのアドバイスで、タイトルや書き出しも変えたんですね。

塩谷 タイトルや冒頭に「うちの社員は、ほんまに凄いんやぞ」という台詞を入れたほうがいいと思います、とも提案しました。これは、映画でイメージしていただくのがわかりやすいかもしれませんが……。

映画ってだいたい、すごく象徴的なシーンや台詞ではじまることが多いんですね。それが何年何月何日で、どの国の地域での出来事なのか、という状況説明はナシにして、観ているひとの頭の中にまず、「?」が浮かぶようにできている。それが物語のフックとなります。

この記事の冒頭では、カメラが登場人物の肩のうえあたりにあるイメージで、物事を描写しています。そうすると、観客は登場人物の目線でものを見ることができるので、主人公と一緒に現地にいるような感覚になります。

それからカメラがドローンでどんどん高く上がっていって、登場人物がいる部屋や街、時代がだんだんとわかってくる......。

このように視点を移動させながら書くと、読者も文章にのめり込んでくれるんじゃないかな、と。

笑顔の塩谷さん

ーー絵コンテの話を聞いているようです。広告のクリエイティブに似ていますね。塩谷さんは、読者が文章を読むときに、どんなイメージを思い浮かべるかを具体的に考えているということが、よくわかりました。

抽象→具体、具体→抽象を行き来する

ーー嶋さんは、伝わりやすい文章について、どう考えていますか。

 文章だけでなく、話をするときも、「具体」と「抽象」を行き来して語ることが、たいせつだと考えています。

人間は、読んだり、聞いたりした話から何かを持ってかえりたいもの。その「持ちかえりポイント」をつくるのが、抽象化です。

たとえば、名古屋人について。名古屋のひとって「混ぜ上手」だと思うんですね。

フォークとスプーンを合体させたスガキヤや、雑貨と本を一緒に販売するヴィレッジヴァンガードは名古屋の会社。名古屋発祥と言われる、バターとあんこを混ぜた小倉トーストもあります。

いま言ったような話を、一つひとつの事例としておもしろいなと思ったとしても、なかなかひとの記憶には残りません。でも、これを「名古屋人は順列・組み合わせの天才」と抽象概念に置き換えて伝えると、相手はそれを記憶して持ってかえりやすくなるんですね。

「具体」と「抽象」の行き来、あるいは「ファクト」と「視点」の行き来と言ってもいいかもしれません。

いまのは「具体」を「抽象」にする例でしたが、逆もあります。「地球温暖化に配慮しましょう」という呼びかけです。抽象的で、ひとの心に響きづらいですよね。何度も聞いているフレーズかもしれないし。

それを「具体」にして呼びかけたのが、フィンランドの北部にあるサッラという町がつくった、こちらの映像です。カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルのPR部門で賞を取りました。

 これは、北極圏にあるサッラが「2032年の『夏季』オリンピック開催都市に名乗りをあげ、そのPRをする」という動画です。

つまり、「このまま温暖化が進むと、2032年にサッラで『夏季』オリンピックが開催できてしまうくらい危機的な状況」であると、「具体」的なたとえで示し、「地球温暖化を食い止めよう」と訴えたんです。「地球温暖化に配慮しましょう」という抽象概念で呼びかけられるよりも、北極圏の町で夏季オリンピックが開催できるようになってしまうという具体的事実を突きつけられたほうが、気持ちがぐっと惹きつけられますよね。

文章を書くときも、同じことが言えます。

登壇中、笑顔を見せる嶋さん

いま、はじめられること

ーー最後に、「編集視点」を持つために今日からできることをお聞きして締めさせていただきます。

塩谷 今日のイベントの趣旨とは反してしまうんですけど、前提としてすべてのひとが編集視点を持つ必要はないとは思っています。私はジェネラリストタイプで好奇心が散漫。スペシャリストタイプの方は、一つのことを極めてほしいし、そういうひとが自分の仕事に集中できないと社会の価値が下がってしまう。ということを前提としたうえで、一例として私がやっていることを話しますね。

6年前にnoteの定期購読マガジンをはじめて、そのために毎月3本絶対にnoteの記事を出さなきゃいけない、というふうに自分に課しています。そこからずっと「次のネタをどうしよう」と悩み続けているので、それによって編集的な視点がとても育ったんじゃないかと思います。

ただそうやってアウトプットばかりを続けると中身がスカスカになってくるので、表には出さない勉強ノートも書いてます。気になったことを調べたり、研究職の方が書いている一般書を読んで要点をまとめておいたり……。そっちはいますぐ活用できないことがほとんどですが、30年後の自分の中身が、いまよりもう少し肥えているといいなと思っています。

 企画を立てるのに、特別なことをする必要はないんですよ。企画のヒントはぜんぶ、いま自分が見ている世の中の風景にある。大事なのは、それに気づくか、気づかないかです。

でも、そんなの簡単に見つけられないですよね。そこで、やれることを一つあげます。デコン(deconstruction 脱構築の略)です。

たとえばテレビCMをいっぱい見る。そうすると、「走ってるひとのCMが多い」とか、「同性同士が出てくるCMが多い」などの特徴が見えてくる。次に、なぜそうしたCMが多いのかを言語化してみるのです。

ほかには、本屋に平積みされている本の特徴を、一言でまとめてみるのもいいですね。僕もよくやっています。

こういうことを意識的におこなうことで、世の中の空気感を言語化することができます。そこから企画のヒントが見つけられるかもしれません。

ーー「編集」はプロが手がける特殊な仕事、と思っていました。でも、「編集視点」を磨くヒントは、実は目の前にたくさんあるんだということを教えていただき、励まされました。みなさんも、ぜひ参考にしていただければと思います。

※敬称略

動画アーカイブは以下のリンクからご覧いただけます

ゲスト
嶋浩一郎さん
株式会社博報堂 執行役員
株式会社博報堂ケトル 取締役・クリエイティブディレクター

1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画し、NPO本屋大賞実行委員会理事に。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。編著書に『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)などがある。
note / Twitter

塩谷舞さん
文筆家

1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジン『SHAKE ART!』を創刊。会社員を経て、2015年に独立。2018年に渡米し、ニューヨークでの生活を経て2021年に帰国。オピニオンメディア「milieuミリュー」を自主運営。note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)
note / Twitter

モデレーター 
徳力 基彦
noteプロデューサー

関連する記事

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

話題のビジネス記事を毎日紹介しています🖥