「買ってよかったもの」は“情報価値”のある自分語り--アル代表・けんすうさんに聞く
「買いもの」は、もはやただの消費行動にとどまらず、ひとつの娯楽だったり、自己表現のひとつだったりします。ずっと欲しかったものを手に入れた、こんなものを使っている、買ってよかった、といったことって、ついつい人に言いたくなってしまいます。
noteにも、たくさんの買い物に関する記事があり、毎年年末には「買ってよかったもの」のタグを付けた記事が多く投稿されています。
マンガ情報共有サービス「アル」代表のけんすうさんも、今年すでに「買ってよかったもの」記事を書かかれたクリエイターの1人です。
インターネットで発信する人として、1人の経営者として、買い物と創作のあいだにどんな関係を見出しているのか、けんすうさんに聞きました。
今回お話を聞いたのは
けんすう(古川 健介)さん
「買ってよかったもの」は大事な自己表現の1つ
ーーけんすうさんは毎年「買ってよかったもの」をまとめた記事を年末に書かれています。こういった記事ってブログやnoteにおける独特の文化ですよね。けんすうさんはどういった理由で書かれているのでしょうか。
けんすう:僕としてはやっぱりアフィリエイト収入がほしいというよりは、自己表現として「ものすごく気持ちがいい」というのがあります。
買ったものを見ると、その人の“人となり”というか、その人が大事にしていること・重視していることがわかるじゃないですか。でも普段のnoteに、「自分はこうやって仕事の生産性を大事にしています」みたいなことをわざわざ書くかといえば、書かないですよね。
自分語りって恥ずかしいから、書かないんです。そういう意味で、嫌味なく、人の参考になるかたちで自己表現できるのが「買ってよかったもの」だと思うので、僕はすごくいいと思っています。記事も書きやすいですよね。
ーー年末は自然と振り返るタイミングですし、買ったものを通して自己紹介ができますよね。
けんすう:まさにそうですね。わざわざ「最近飲み物を飲むときはこの紙コップを使ってます」なんて言わないけれど、こういうきっかけがあれば言いたい、というのはありますね。
ーーいきなり語りだすと、唐突ですからね。
けんすう:びっくりしちゃいますよね。やっぱりみんな、自分語りをめちゃくちゃしたいけれども、「自分語りをしているとは絶対に思われたくない」という気持ちがあるのかもしれないですね。
ーーそうしたときに自分語りのフォーマットの1つとして定型化してきている、と。
けんすう:そうですね。だから、noteを始めるきっかけとか、記事を書くきっかけとして、すごくいいような気がしています。
陶器のコーヒーカップと紙コップを使い分ける
ーーけんすうさんの今年の「買ってよかったもの」で面白いなと思ったのは、さっきも出た「紙コップ」でした。いま、このご時世に紙コップなんだと思って興味深かったです。
けんすう:紙コップって実は1回で捨てなかったりしますよね。1日に何個も使うんじゃなくて、1日に1個で過ごして、洗わなくてもいい。それって意外と環境に優しいんじゃないかと思っています。
ーーたしかに。家で紙コップを使っていると、なんなら同じものを3日くらい使っちゃいそうですね。
けんすう:何度も注いじゃったりします。そういう人それぞれの観点が見えるから、買ってよかった系って面白いですよね。
ーーじゃあ、人の「買ってよかったもの」を読むのも好きですか?
けんすう:読むのも好きですよ。けっこう読んじゃいますし、記事経由で買い物をすることもめちゃくちゃあります。
たとえばデスクがすごいTHE GUILDの安藤さん。あとは料理家のしらいのりこさんは写真がいいなと思って。
ーー料理家の方はみんな、写真がいいんですよね。
けんすう:いいですね。あとはnoteのハッシュタグってあるじゃないですか。普段、あれをたどってまで読むことは少ないんですけど、「買ってよかったもの」に関してはかなり深いところまで探して読んじゃいますね。
さっきハッシュタグで見つけた、この方もよさそうです。
ーー小杉湯さん、高円寺にある銭湯ですよね。合羽橋で買ったものについて書かれていますね。
けんすう:写真も素敵ですよね。そういえば、これに近いんですが、最近はAmazonで買えないものに対して、よりグッとくるものがあるかもしれないです。
一品ものとか、職人がつくったものとかに惹かれることが多いですね。
ーー長く使えるいいものをちゃんと使おう、と。
けんすう:それはあります。実はちゃんとしたコーヒーカップも買いました。陶器でできているものなんですけれど、そういうものって、食洗器とかに入れられなかったりするんですよね。コーヒーを飲んだら、すぐに洗わないとシミができちゃう。
なので、お気に入りのコーヒーカップはちゃんとした時に。毎日使うのは紙コップみたいな感じにしていますね。
ガジェットは仕事道具、だから「最高のもの」を
ーーそういうリアルな話もおもしろいですね。けんすうさんが買い物をするときに大事にしていることって、何かありますか。
けんすう:最近は長く使えるものを意識しがちなんですが、一方でデジタルガジェットは妥協しないというか、「これは最高だな」と思えるものに出会えるまでいろんなものを買いまくってしまう、という両軸があります。
ーーデジタルガジェットはもはや仕事道具だからでしょうか。
けんすう:まさに仕事道具です。だから、イヤホンとかもたくさん買ってしまいますね。でも、たとえばバッグとかになると、そろそろ10年くらい使えるものを買わねば、という感じがします。
ーー年齢相応のものを、みたいなところがちょっと出てきますよね。
けんすう:そうですね、年齢相応のもの。使い勝手だけじゃない何かがありますよね。ストーリーとかも大事になってきたりします。
環境に配慮しているのかどうか、とかもすごく気にしちゃいます。ちゃんとエシカルで、生産者を把握しています、みたいな背景が見えると安心して買えるなって思います。これは年齢のせいもありそうですね。
ーー同年代としてはわかります。老い、なんでしょうか。
けんすう:老いです。
ーーイヤホンは僕も同じものを使っているんですけど、AfterShokzの骨伝導イヤホン「OpenComm」。あれはすごくいいですよね。
けんすう:いいですよね。骨伝導はまた最近ちょっとブレイクしつつあるみたいですね。
ーーたとえば1日にオンライン会議が3つ続いてしまうと、AirPods Proのバッテリーがもたないという問題もあって。
けんすう:もたないですよね。だから僕はOpenCommを2つ持っています。OpenCommはわりと長持ちしますけど、それでも1つでは乗り切れないときがあるという…。
1日会議漬けとかだと、そうなっちゃいますね。
Twitterのアイコンは「洋服以上に見られている」
ーー最近は「デジタルアイテム」を買うことも増えてきたんじゃないかと思います。今年、印象に残っているデジタルアイテムはありますか。
けんすう:SNSのプロフィールのヘッダー画像をバニリゾさんという方に描いてもらったんですけれど、ああいうものはけっこういいなと思いました。
こういうイラストが、5000円〜1万円くらいで描いてもらえるんです。
ーーめちゃくちゃかっこいいじゃないですか。
けんすう:そうなんですよ。変な話、Twitterのアイコンやヘッダーとかって、いまの僕らでいうと洋服以上に見られているかもしれないと思うんですよ。
そこに1万円払うのって全然いいんじゃないかなと思うんです。アルはクリエイターの作業をライブ配信するサービス「00:00 Studio」を運営していて、そこでクリエイターさんに依頼しました。これはよかったです。
ーー言われてみればそうですよね。僕も人のことをアイコンで認識していますから。
けんすう:まさにそうなんですよ。なので、洋服を買うよりも、ネットのアイコンとかヘッダーとかにお金をかけたほうがいいんじゃないかって、感覚的にあったります。
ーー常にどこかに表示されていると思うと、1万円くらい払えますね。
けんすう:そうなんですよね。一度描いてもらって2年や3年使ったりするので、全然ありだよね、という。
00:00 Studioには「リクエスト」という依頼機能があるので、僕はそこでお願いすることが多いです。
いまってインターネットに何を投稿するかをまず考えがちですけど、意外とその“身なり”もけっこう大事ですよね。あと変な話、“バズるツイート”だって買っちゃってもいいと思うんです。
僕自身は絵が描けないけれど、だれかに依頼してかわいい絵を描いてもらって、それをツイートしたらみんなにシェアしてもらえた、とかですね。そういうことって、お金を払う価値がけっこうある感じがします。
ーーそれも新たな買い物ですよね。
けんすう:これは何か不思議ですよね。かっこいい服を買う、とかに近い感覚なのかもしれないですね。
ーープロの美容師さんに髪を切ってもらって、みんなに「かっこいい」って褒められるのと同じことなんでしょうか。
けんすう:そうかもしれないですね。だから、「あなたの渾身のツイートを500円で書きます」とかを売ってみても、意外といいのかもしれない。
いろいろ考えると、やっぱり買い物の話って面白いですよね。
「買ってよかったもの」は“情報価値”のある自分語り
ーーいろんな人に買い物の話を語ってほしいですよね。絶対にその人ならではの面白い視点が見えてくるので。
けんすう:たぶん多くの人が、「自分なんかの記事を読んでもしょうがないんじゃないか」とか、「だれにも読んでもらえないんじゃないか」と考えると思うんですけれど、こと「買ってよかったもの」に関しては、読みたい人はめちゃくちゃいるので、書くといいんじゃないかと思っています。
実はいま、ニーズがないのは「意見」だと思っているんです。岸田政権に対しての意見とかを書いても、ありふれちゃっていてあまり読んでもらえないんですよね。
でも「買ってよかったもの」って、わりとインフォメーションというか、情報として普通に価値があるじゃないですか。だから、「だれにも読んでもらえないんじゃないか」と思っている人こそ書いてみるといいんじゃないかな、という気がします。
自己表現も気持ちよくできて、かつ、人に読んでもらえるという数少ない切り口なので、みんなやるといいのに、と思っています。
ーー前にけんすうさんが、自己表現のステップとして、最初はやっぱりインフォメーションから始めて、徐々に意見、そして日記に進んでいく、みたいなことを書かれていましたけど。
けんすう:そうですね。
ーーそのちょうどいいところにあるものが、もしかしたら、「買ってよかったもの」だったり。
けんすう:買ってよかったものみたいな体験談は一番書きやすいんです。「自分には合わなかった」とか、「自分にはよかった」という話だけなので、受け入れられやすい。それがいいですよね。
ーーとても安全に、だれかの役に立てますね。
けんすう:そうなんですよね。「よかったもの」なので、最悪「僕がいいと思ったものなので」で終わる話ですから、平和ですよね。平和なブロゴスフィアがいいです。
「ブロゴスフィア」って、10年ぶりに言いました。
ーーありがとうございます。後編では、そのブロゴスフィアにおける買い物の傾向、そして今後のヒット予測についても掘り下げてみようと思います。
けんすうさんのインタビュー後編は以下のレポートでどうぞ。「来年はこんなものがくるかも」という2022年買い物予測もうかがいました。