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漁村に行ってみた話

将来的何をしようかと思い悩み、目の前にあった"水産業"に手をつけ始めている。ぼくの進路選択はいつもそーで、高校は家の近くでそれなりに頭がいいから、大学は多分その方面なら好きなことがあって、家から近いから。就職もそんな流れになってきている。

水産業はスタートが漁業で、ゴールは食卓だったり、飲食店だとぼくは考えている。飲食店や食卓、その1歩手前の市場(ここで言う市場は豊洲や大田市場、築地のことを言う)や魚屋は、僕にとって知っている世界だ。ある程度のことは想像が着くと思う。それは僕が東京生まれ、東京育ちで、ゴールの近くにずっと居て、そこで水産業が好きになったからだ。

僕にとって、水産業の中で1番遠い存在はスタートである、漁業だ。毎朝、海に出て魚を獲る生活は僕の生活からは想像をしにくい。大学の先輩に今後のことを相談した時に、まず言われたのは「水産業全体を見れるようになるためには、漁業をやってみた方がいい」って事だった。

その数日後、ある縁で漁師さんと繋がれるかもしれない機会を得た。念願の漁業が出来るかもしれないとワクワクした。やりたいって思った。
しかし、物事はそう思うように進まなかった。漁師さんとの連絡が上手く繋がらず、お伺いするに至るまでに、初めてのコンタクトから2ヶ月を要した。

約束した日に、漁師さんの元へと向かった。朝3時に起きて、船に乗り込み、港を出て沖へと向かった。ワクワクした。今回の漁法は刺し網漁業。網を海に落として、そこを通った魚を捕まえるっていう漁法だ。大漁だった。ヒラメ、イセエビ、ホウボウ、イシガキダイ、アンコウ等。座布団かと見間違うほどのヒラメが上がった時はとっても驚いた!あがった魚はテキパキと網から外していく。ヒラメの力強く口を開けて、体をのけぞらせて威嚇してくる姿を見て、こんなにかっこいい魚がいるのかと思った。次々と上がる魚たちを時々声を上げながら、僕も網外しのお手伝いをやらせてもらった。

陸に帰って来てからは、網の清掃作業。刺し網に着いたゴミなどを綺麗に取っていく。そして、次の日の網の準備をして、今日の仕事は終了だ。毎日その繰り返しだという。

東京で働くことと漁村で働くことの違いってなんだろう?
今日はそれをずっと考えた。朝、東京の人が満員電車に乗るように、漁師は船に乗る。東京の人が取引先にメールをするように、漁師は網をあげる。東京の人が仕事がきついと感じるように、漁師もまた仕事はきついという。どちらも働いているのは人間であることには変わらない。フィールドが違うだけ。フィールドが違うだけだけど、全然違う世界に見えた。東京の人の僕は、やはり漁村に来ると東京の生活が身に染みてるんだな、落ち着くんだなって感じる。これが僕が23年経っても東京を出る決心が出来ない根本的な理由である。

そして、もう1つ考えた。
同じ人間が働いているなら、そんなに大差がないのでは?漁業で働くことに大きなハードルを感じていたが、今回の経験でそこまで構える必要もないのではないかってことも思った。つまり、やって見なきゃわからなかったよねって話。

柔軟な発想、考え方を出来るようになりたいな。そう思うようになった。それはきっと、最近ずっとやらない理由を見つけてはやらなかったことが、やってみたら案外楽しかったり、出来たり、好きだったりしたからだろう。初めっから出来ないって決めつけるんじゃ無くて、やってみてから考えることも大事なのかなって思い始めた。今回の経験もそのひとつだ。

想像することはできる。しかし、実際に見てみると、想像通りじゃなかったことなんてごまんとある。だから、物事や職業を理解しようと思ったらやってみるしかないのだと思う。やってみるが1番理解出来る。

今回は1日のみの漁業体験だった。それでもちょっとだけ漁業の端っこを垣間見れたというか、触れたというか。全部が見れた訳でもないし、これで漁業を知った気にはなれない。そして、今日1番感じたことは、やっぱり自分にとって漁業っていうのはまだまだ遠い存在だってことだ。水産の人にも慣れていないってこと。ちょっとそれがわかって悔しかった。



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