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今日のまーし #93 お祭り

秋だ。

秋といえば、食べ物だったり、読書だったり、いろんなことをイメージする。

ボクの秋のイメージは「寂しい」だ。

人肌寂しい、なんて話じゃなくて、ただただ寂しいのだ。

季節の移り変わりには少し弱い。

時に冬から春になる時期や、夏から秋に移り変わる時期が弱い。


それと、もう一つ、秋と言って思いつくことは、「お祭り」だ。

ボクは、岸和田というところで生まれ育った。

地元を出てはじめて分かったことは、「岸和田人間は、柄が悪い」と思われていることだった。

恥ずかしいことだけど、自分自身にも少し感じる。

もちろん今でも。


ボクは、いろいろ頑張ろうと努力はしてきたけど、どれだけ頑張っても、「いらち」だし、「口が悪い」と言われることが多い。

この前だって、「「お前」って言わないでほしい」ととある人に言われたのだった。

「お前」なんて言葉、普段は使うわけがない。

でも、仲のいい人に無意識に言ってしまっていたようだった。

ちなみに地元の友達の関係では、そんな会話は日常茶飯事だし、全く問題のないことだったんだけど、地元じゃなかったら、あんまり良く聞こえないらしい。

これは、無意識にやってしまうことで、いつも自分が損してしまっているような気がする。


話は戻るけど、この季節になると、ボクの地元では夕方に太鼓や鐘の音が鳴り響く。

毎日鳴り響いているのだ。

お盆休みを過ぎたあたりから、だんじりに携わる人間はみんな鳴り物の練習を行なったり、走り込みを行う。


これを「寄り合い」というらしい。

お盆前でも週に一回ぐらいのペースで寄合が行われている。

みんな、自分の仕事が終わってからその寄合にいくのだから、本当に夏り好きじゃないと、務まらないのだろうと思う。


まさにだんじり魂!と言ったような歌を歌う歌手がIKECHANという歌手がいる。

その人の「ケヤキの神」という歌がある。



冬の日も 春の日も 祭り話を繰り返し
夏が過ぎ 秋の日に時が惜しいと祭りを叫ぶ
この街じゃ 常識さ 1年365日がだんじりじゃい

ケヤキの神/IKECHAN


なんていう歌詞がある。

たぶん、そんな人もたくさんいるはずだ。

重役になれば、多額の寄付を強いられるんだろう。

それでもだんじりを愛してやまない男たちは


18歳になれば、青年団に入る。

話に聞くところによると、このだんじりの社会は、今ではめずらしい「縦社会」によって成り立っている。


年はあまり関係ない。

「どれだけ長く組織にいたかどうか」が大切なのだ。

側から見れば、「パワハラなんじゃない?」と思うこともしばしばあるようだ。


ヒエラルキーというのか、縦社会というのかなんともいえないけれども、少なくともまだ岸和田にはそういう村社会が根強く残っている。

みんな近寄りがたいのは、そういうことなんだと思う。



実際に、ボクは大学生の時、友達に誘われて、「助っ人」としてだんじりを曳いたことがあった。

「助っ人」」とは、だんじりの曳き手が足りない町も結構あったりなんかして、その時だけそこにワンポイントで入る人のことだ。


だんじりに参加できるのだけれど、本番は走る距離が本当に長いし、かつ、全力疾走を何度も何度も繰り返すから「事前に走り込みに参加したほうがいいよ」という友達のアドバイスを聞いて、「寄合」参加したのだった。

1〜2時間ぐらいは走ったのだろうか。実際にだんじりを引いているわけじゃなかったから、そこまでしんどいわけじゃなかった。

それから、だんじり小屋でと言って、だんじりを保管しているところで寄り合いの続きをみんなんが行なっていた。

寄り合いとは言っても、お酒を飲んでいろんな話をしているだけだったのだ。

まるで同窓会をしているような、そんな雰囲気だった。



そこでは、どういうわけか、ボクより若い人たちがボクのところに走ってきて、キンキンに冷えた銀色のアサヒビールを両手で渡してくれるのだった。

まるで体育会系だった。

何か先輩たちの納得のいかないことがあったら、その後輩たちは怒鳴られ、怒られていた。


どうしてこんな扱いをしてくれていたのかって言うと、ボクの友達(ちょっと偉い役職についていた)とおんなじ扱いをしてくれていたからだったのだ。

その組織の中で下積みなんかしたことないボクにとっては、かなり違和感のある出来事だった。

頭をペコペコされるのだったら、下積みして、「これだけやってきたんだから」と自分でもなっ時できるぐら今でにはいきたいよね。


ボクはその組織の中で違和感を感じながら、そのままそのお祭りを過ごしたのだった。

ボクは正直な話あんまり根性が座っているわけじゃないし、ビビリなところも大きいから入る勇気なんかなかったけど、やっぱりそれは正しかったように感じる。


だんじりって、いろんな思い出があるけど、一番直近での思い出は10年ぐらい前のそんなことかなあ。


やっぱり、ハッピを着て、パッチを履いて、震災刈りに鉢巻き巻いているあの人たちは、どんな人でもかっこいいなあと思ってしまうなあ。


こんな「いらち」で「口が悪い」ボクと仲良くしてくれている皆さん、本当にありがとうございます。

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