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ノゾキアナ

暗かったことだけ覚えてる。今日はその短編小説(小説呼ぶには拙いもの)


穴の中から飛び出すもの、穴の中に飛び込むもの。

真っ暗で何も見えない。
穴の全容がみえない。

得体のしれない大きな円形は
はるか昔から存在していたのか。

起源も定かではない。

私が見つけて5日ほどたったある日、穴に変化が起きた。

段々小さくなっているのだ。

見間違いではないだろう。
ずっと観察していたのだから。
特にやることがなかったわけではない。


気づいたら目の前の丸に魅せられていた。

誰かの言葉で深淵を除くとき~とかあるが
そんなたいそれた言葉は浮かぶはずもない。


いつの間にか大きさを変えていくその丸は
いつか消えてしまうのだろうか。

そう思うと私の胸にもぽっかり穴が開いた気がした。

人間の心にも穴が開くのだと
この言葉を知ったときに感じたことを引きづっている。

穴の正体なんて誰にも分らないだろう。

掘ったのか、自然にできたのか
そこについて触れる意味を見出せないからだ。

穴の目の前で悶々としていると、
穴を誰かが横切った気がした。

空想から戻された私は、穴の中に顔を入れてみる。

冷たい。


ひんやりして顔が気持ちい。
季節が夏ならどれだけ幸せだろうか。

この穴の中で過ごしたらどういう暮らしができるのか。
光は最小限に、家具も最小限に、
食べ物は上から落ちたものや家から保存食を用意してみよう。


一つの穴にあれよこれよと
妄想が突き進んでいく。


けれど私自身も入れない穴に多くの時間を費やすわけにはいかないのだ。

振り返ると夕方はとうに過ぎて月が空に出始めていた。

星がきれいに見えるわけではないが今日は
いつも以上によく見えている気がする。

おなかがすいていたが
穴のことが気になって
明日の形のことが気になって
考えているうちに眠りこけてしまった。



朝を迎えた。
目を覚ましたらまぶしすぎる太陽がからだをじりじり焼こうとしていた。

暑さに耐えられなくて起きたなど
少し憂鬱だったが体を動かしてみようと歩み進めた。

私が気になっていた穴のことで
脳内がむしばまれ、気づくと穴のあったところへ
足が向かっていた。


おかしなことが起きた。

穴がない。

ひんやり心地よかったあの穴が

私の妄想を搔き立てたあの穴が


白い何かでぐちゃぐちゃに塞がれて亡くなっていた。

死亡しているという表現がここではぴったりだろう。


じんわり体に汗が染みてきて
どうにか穴を見る手段はないか考えてみたが
非力な自分は何もできなくて余計に汗が止まらなかった。



話し声が聞こえた。
母親と思しき声。

父親もいるらしい。

よおく耳を澄ませて会話を聞いた。

そういえばあの穴ふさいだよ。これでしばらくは被害も出ないだろう。

父親の一言に母親が同意した。

ほんと助かったよ。これでネズミ被害も収まればいいけどね。
下手したらギョウシャ呼ばないとだから~。。。


ああ、私の娯楽があの人間二人によって潰えてしまった。

穴の中からひんやり心地いいエアコンの風、
たまに鼻腔をくすぐるおいしそうなにおい、


もう会うことができない穴。


次の穴に向かって歩み進めた。


獲物を捕らえるために。


ノゾキアナへと。

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