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30年ぶりのキャッチボール  ~ととの目線~

今日は、娘たちに野球のグローブを買った。
ととは、たまたま今日、買ってあげようと思ったのだ。

キャッチボール。
それはととにとって、子育てのテーマの一つだった。
父として、子どもに対してキャッチボールができるような親子関係でいたい。
それは我が子が生まれたときから、自然と思っていた事だった。


そのとと自身。
ととの父親とはキャッチボールが自然とできなかった。
いつも、なんだかぎこちなかった。

ととの父親は良い父だ。

しかし、ととは子どもの時から、ととの父に良く思われていないと勝手に思っていた。
なぜだか、ととが勝手に…。そう思っていたのだ。

どうしてそう思ってしまったのか、とと自身も良く分かっていない。

その気持ちを静かに胸に抱え、
ととは誰かにその気持ちを話すことも特になかった。

ととは中学生になり、高校生になり、大人になり、
いつのまにか、ととは親になった。
そして、子育てに関わる仕事をしている。
              

そして、今日。
ととは自分の娘にグローブを買った。
それは、たまたま今日買っただけだ。


買い物を終えると、突然ととの母から連絡が入った。

ととの母は、〈今日は良い天気だし実家に遊びにおいで〉と、電話で言っている。
ととは、娘たちと公園でキャッチボールをするつもりだったと話した。
〈それじゃ、ととの父も一緒に公園に遊びに行けば…?〉と、電話先でととの母がととの父に声を掛けていた。

「まずい…。」
「考えていなかった…」

ととは、ととの父とキャッチボールをする場面をイメージした。
胸の中が緊張している事に気づいた。

気づくと、ととの実家近くの公園に着いていた。
ととの父は、ととの娘たちとたくさん遊んでくれていた。
娘たちも嬉しそうだ。
ととは、それを見て自分が子どもだった時を思い出していた。

ととは、ととの父と遊んでもらったという記憶が、何だか薄い。
もちろん、全く遊んでもらっていなかったという訳ではない。
ユーモアを交えて、人と繋がる父を良く見ていた。
ただ遊んでもらったという記憶が何だか薄いのだ。

けれど、一つ良く覚えているととの父との記憶がある。
自転車に乗れるように、今まさに遊んでいるこの公園で、ととの父が何度も乗り方を教えてくれたことだ。
そんな事を思い出していた。

「なんだか、複雑な気持ちだ。」
ととは青空を見上げてつぶやいた。

ふと、ととの娘に目をやると、娘たちは一人ですべり台を登って夢中に遊んでいた。

ととは、ととの父を見た。
突然、ととの父は、こっちに向かってボールを投げてきた。

「やばい!キャッチボールが始まる!」
ととは胸の中で叫んだ。

何度かボールが行き来した。
あれ…。
思ったより…。
キャッチボール…できるわ…。

ととは、自然にそう思った。

しばらく、静かにキャッチボールが続いた。
この公園には、まるで誰もいないみたいだった。

気づくと、ととの娘がすべり台で大声で呼んでいる。
ととも、ととの父もすべり台に駆けつけた。

ととは気づいた。
「なーんだ。」
もっと早く、自分からキャッチボールしたい、そう言えば良かったんだ。
もっと早く…。
ととは、そう思った。

公園から実家に戻って夕食を食べた。

ととは帰宅するとき、ととの父にこう言った。
「今日は子ども達と遊んでくれてありがとう。」

ととは、また公園に行こうと思った。


30年ぶりのキャッチボールだった。

(210327)






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