見出し画像

ジブンゴトとジブンノシゴト


「ジブンゴトとして・・・」というワードが出てくると、血液型性格診断の話題を振られたときと同じくらい露骨にいやーな顔をしてしまいます。

「自分ごと」には、「他人事」(ひとごと・たにんごと。自分に関係がない、興味や関心を持たないという態度)に対して、それではダメだよいう説教っぽさが含まれています。

サービス業において、サービス水準を上げて顧客満足度を高めるために、お客様の困り事を自分ごと化して考えよう、のように使用されます。
自分ごと化は、マニュアルに頼った思いやりや配慮に欠ける接遇を戒めるため、相手の立場と自分を同一視したり置き換えるような共感を要求しています。
例えば、他人の親を私の親を扱うようにケアしなさいと言われたとき、そのとき仕事人としての私はどこかにいってしまいます。なんだか全人格で仕事をしなさいといわれています。
根本的にはサービスの定義が不十分で的確でないことをそのままにして、前線の器量に頼っているだけなのに、ずいぶんな要求ではありませんか?

(比較的最近の造語である)自分ごと化が大きな顔で世の中に通用している背後には、「仕事とは、価値がある行為、貴い行為」という認識が一般化していることに起因しています。

いま、仕事と人生はかなり近いものになっています。仕事に対して、待遇に加えて、自己実現、いきがい、やりがい、働きがいといったものが評価軸になってもいます。
仕事から離れて人生を謳歌している人は、羨ましがられたり、蔑まれたり、とにかく現代日本ではとても珍しい存在です。

個々人が、自己実現、いきがい、やりがい、働きがいを大事にするのは自由ですが、社会がそのことを当然のものとして、働きかたに組み込んでいくことには違和感をおぼえます。

最近、専門職の離職が増えています。離職まではしないけれど、「静かな退職」(Quiet Quitting)と言えるような考え方の人に出くわすことも珍しくありません。
Quiet Quittingは、肯定的に言えば、“必要以上に”頑張り過ぎない働きかたのことで、ワーク・ライフ・バランスの価値観が広がる社会のなかでは悪者ではありません。
でも、その人自身だけでなく、周囲のパフォーマンスや生産性を下げる要因になる恐れもあって、否定的な意味で使われる場合もあります。
(給料と引き換えに)割り振られた役割はこなすけれども、やる気がないとか、積極性がないとか言われがちな人はどこにでもいます。

一般に職場へのコミットメントの高さと、離職率の低さや業績には、正の関係があるとされます。それが報酬と釣り合っていない場合には、「やりがいの搾取」として批判されます。
家族のような一体感のある組織づくりでうまくいっていたのに、急に気持ちが冷めちゃって、一転して搾取に捉えられる場合もあります。感情をコントロールするような経営は、そうした危険性をはらんでいます。
そんな新しい働きかたの認知がある程度社会に広がっている現在でも、依然として、やる気や積極性、奉仕の精神を重んじる意識は優勢です。

とりわけ福祉の分野は、対人ケアの仕事なので、やる気や積極性、奉仕の精神があって当たり前と思われがちで、しかもそれを顧客や経営陣の側からだけでなく、当の従事者からも感じることもあります。本当に、そこまで身を粉にして要支援者の身上(心情)に寄り添って支援するか、という、スーパー相談員も少なくないです。

よく福祉職の賃金は相対的に低いと言われますが、確かに、要支援者に寄り添うといったことに対して、妥当な対価が含まれているのかは疑問に感じます。一方で金銭的代償とか儲けとか経済的な面を不純なことのように考えている方もいます。
同じ業界の中でも、このような価値観の乖離が大きく出やすいことも、離職につながる要素になります。

個人が、自己実現、やりがい、働きがいといったものを、労働の対価や報酬の一部と捉えるのかどうかは、今後の労働環境を考えるうえで、無視できない重要な要素です。
特に福祉の分野では、それで維持できている面があるので、今後、捉えない人が多勢を占めるようになった時点で、現在提供しているサービスレベルは大幅に引き下げを迫られます。

ですので経営サイドでは、賃金の引上げに加えて、エンゲージメントの向上など、従業員との関係再強化の取組が積極的に進められています。それは今いる従業員にとっては良いことではありますが、反面、流動性を加速するだろうなと思います。

仕事と人の結びつきを近づけようとするほど、仕事と自分の考え方や感性など、パーソナルな価値観と合致しない人は居づらくなって離れていくようになるからです。
「他人ごと」のままでも、自分ごとにしなくても、自分の“し”ごとにはできますよ。
仕事は仕事、自分は自分のままいられたら、もっと気楽に働けると思うのです。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?