⑤悪魔のささやき
お父さん。悪魔はいたよ。
初めて悪魔と会ったその時のように
私は心底恐怖していたが、
今度は悪魔の演奏をしっかり見届けようと思った。
天使でも、悪魔でもなんでもいいから、
私にロックを与えてほしい、
世界を魅了する力を私にください。
ギターが空気をふるわせていく。
私をベットから連れ出した曲は、絶望への向きあい方を歌う、
あの時父が歌ったように、悪魔が好まなそうなやつ。
私がその曲を知ったのは、テレビのニュース番組の中で、バンドはもう解散していて、それがひどく残念だった。
ぺーん。
不協和音、ペーン。
明らかに曲の雰囲気にふさわしくないおと。
ギターの音が止んで、また始まる。
ペーん、また鳴って私を不安にさせる、ペーん。
ベットに戻ろう、私だけの世界に。
しかし悪魔がそれを許さないのか、身体は言うことを聞いてくれない。
私の真ん中の方では、ドラムが小刻みにリズムをとっている。
音楽から逃げようとした私を許さないかのように
音は廊下に反響して、消えない、ペーん。ペーん。
―ごめんなさい。ごめんなさい。お父さん。
ロックでない私など父が救うはずもないが、誰かにこの状況から救って欲しかった。
心の声に呼応するように
音が止む。
悪魔がこちらを向いているのがわかったが、
私にはどうしようもなかった。
ふいに膝の力が抜け、私はその場で祈るように跪いていた。
嘲笑うかのようにゆっくりと近づいて、
背後のまど明かりが悪魔の姿を露わにしていく。
一つだと思っていた影は複数に分かれ、
私の周りを取り囲み、逃げ場すら与えない。
室内の空気が一気に震える。
頭に直接語りかけてくるかのように、「見たな」と悪魔は言った。
唯一私に残されていた機能が急稼働し、
プツンと音を立てたかと思えば、意識が遠のく。
お父さん。悪魔はいいユニゾンでしゃべるよ。
と、どうでも良いことを思った。
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