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①バンギラスの弾丸

お父さんが出かけたのを見計らって、

私は古ぼけたギターをひっぱり出す。


押し入れの奥の方、

母さんに見つからないように、

ちょっと匂いそうな革ジャンがつまれた、その下。

黒いケースは擦れて、中の木材が剥き出しになって、

鍵ができる仕様の止め金具は、錆びて取れかけている。


ムッとした臭気が鼻を突く、

革ジャンから漂ってくるのと同じ種類の

タバコとカビの、褪せた匂い。

すぐに匂いも気にならなくなった、

あまりにそれがきれいだったから。


初めてみるそれは、大型の武器のよう。

昼時によくみるテレビのロードショーで、

ポケットモンスターのバンギラスみたいな名前をした俳優が

映画で相手を倒すときに使うやつ。

――映画の冒頭でバンデラスはギターを弾いているシーンがあるのだが、

当時の私は派手なアクションシーンばかり覚えていて、

ギターケースから現れたそれは紛れもなく武器に違いなく、

お父さんは殺し屋なんだと思った。


瓢箪型の、本体と思しきそこに

埃は微塵もついてなくて、

右側の少し擦れたようになっているところは

木目が剥き出しになってキラキラと輝いて見える。

ケースから取り出し、試しに構えてみると、柑橘の柔らかい匂いがしてきて、

私をさらに刺激する。


どこから弾が出るのかな、

探してみるがそれらしきスイッチも引き金も見当たらず、

試しに糸を張った先の金具をひねるが何も起こらない。

怪しいのは、この糸が張ってある部分だけ。。

綺麗に並んだ糸の部分は錆も指紋すらない。

ベーん。ポーン。弾は出てこない。が、音が変わった。

これに違いない、と私は、一本ずつひいてみる、

何も起こらない。じゃあ全部、

ジャーン。

私を撃ちぬく音。


――ペグもひたすらいじってしまっていたから、

まともな音じゃなかったに違いないが、

私に風穴を開けるにはそれで十分だった。
いろんな鳴らし方をして、多少音が変わったりして
何度も、何度も。

気づけば、背後に父がいて、

怒っているとも、困っているとも取れる表情で私を見ている。

私はひどく動揺して、なんて言えば怒られないかと

必死になって言い訳を探す。

そんな私に父は笑いかけ、
「ロックだ」と言った。

貸してみな。と私からギターを受け取り、

金具をいじり、糸を触って、調整していく。

嬉しそうにしている父を見て、私は心から安心し、

次第に綺麗な音を発していくのを見ながら、

何か特別なことが起こるそんな雰囲気に興奮する。

「よし。」父が調整を終えた様子で、こちらに向き直る。

私は居ても立っても居られず、聞いた。

「どこから弾が出るの!」お父さんは、バンギラスなの!と。

父は驚き、困惑してから笑って、

「ここからだよ。」とボディを軽く叩き、弦を引っ掻いた。


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