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③クロスロードの悪魔 1/2

「音楽には悪魔が宿ってるんだ。」

父は私にギターを教えながら、そんなほら話を始めた。

 

 当時中学2年になった思春期真っ只中の私が父親と話しているのは、

紛れもなくギターがあったからで、

興奮気味に語る父親の自慢話などは、

正直鬱陶しかったが。

 タバコ臭い、靴下が臭い、シャツの襟が黄ばんでる、

シャンプーを勝手に使う、トイレの鍵をかけない、録画したビデオに勝手に上書きする、

嫌いになる理由を挙げればキリがない。

 徐々に二人で会話は交わさなくなり、

ん。と、は。でほとんどのことが意思疎通できた。


 父は会話もろくにしてくれない娘をどう思っていたのだろうか。

しきりに、「ギター弾こうぜ」と誘ってくるようになったのがその頃だったから、

鈍い父もさすがに気づいていたのか、

それとも、ただお母さん公認でギターを弾きたかっただけなのかはわからない。

 ギターを囲んでいるとき、私と父は、

バンド仲間であり、ただのロック好きだった。

 だから、その話を練習中に聞いた時も

「何それ。いるわけないじゃん悪魔なんて。」と反応した。

「いや、これがほんとなんだ。」ニヤニヤといやらしく笑ってきもち悪い。

「あのね。お父さんは知らないかもしれないけど、私中二。

そんな話真に受けると思ってんの。子供じゃないんだから。」

「いや、いるね。」

「いない。」いいかげん私もイライラしてきた。

バンドマンの方向性の違いによる解散とは、こういうことで起こるのかもしれない。

「わかった、わかった。」

父は娘とのこんなやり取りが幸せそうで、その笑顔がまた腹立たしい。

「まあ聞けよ、クロスロードは知ってるか。」

「知らない」

「え、じゃあ、ロバート・ジョンソンは。」

「なんとなく。」
確か、昔のブルースマンでそんな人が気がする。

「さすが、俺の娘だ。」
そういうところ。なんだか耳の辺りが痒い。

 父が偉そうに喉を鳴らし、語りだす

「――その伝説の男、ロバートジョンソンが伝説を奏始める少し前、

彼はある酒場に出行って、ミュージシャンの曲を聞いたり、休憩中かなんかに弾いたりして過ごしていた。

 それはもう下手くそで、演奏中に外にほっぽり出されたりなんかもしてたんだそうだ。

そんな感じだったから、次第に彼は酒場に現れなくなった。

ついに諦めた、と酒場の店主は安心したが、どこかで続けてればいいなとも思っていた。

何度かの嵐がすぎた。

ある晩、その日も蒸し暑くて、ミュージシャンは演奏の合間に休憩をとって涼んでいたんだ。

 すると、人混みの中からギターを背負った若者が現れた、ロバートだ。

ロバートは休憩しているミュージシャンに一言ことわってから、ステージに上がって一曲やった。


外に出ていた客まで中に戻ってきて、その演奏を聴きたがった。
『すげーバンドが飛び入りしてきた』ってね。

みんな圧巻だったよ。
どのミュージシャンたちよりもブルーズで
最高なジャムをやってるのが、
ロバート一人だけだったなんて。

誰もが思った、こんなものは聞いたことがない、

こんなことができるのは、悪魔しかいない。

『ロバートはクロスロードの悪魔に魂を売って、契約したんだ。』とそんな噂が流れた。

 その後、たった2度、29曲のレコーディングをして、

ロバート・ジョンソンは、27歳という若さで亡くなってしまう。

 彼が歌った曲にこんな歌詞がある、

『動き続けなきゃいけない。ブルーズがあられのように降ってくる。

ああああ。毎日がつらい。地獄の猟犬がついてくる』

 彼と過ごしたことのある女性たちは、彼がうなされていたことや、

深夜に窓辺に座って音を出さずに弦を押さえている姿を目撃している。

まるで、窓の外の誰かにギターを教わるようにね――

信じるか信じないかは、あな」

「クロスロードの悪魔って何。」私は気になっていたことを聞いてしまう。

信じてはいない、が話に夢中になっていたのも確かだ。

「ん、あぁ。クロスロードには悪魔が現れるって話があるんだよ。

深夜の0時ちょっと前に、楽器を持って道が交わったクロスロードに行くんだ。

必ずその時間にいなきゃいけない。

そこで何曲か弾いていると、影の中から

黒い大男がやってくる、

そいつはギターを受け取ると、チューニングして、曲を弾くんだ。

曲が終わるとギターを渡して、大男はまた影の中に消えていく。

 するとどうだ、どんなミュージシャンよりもイカしたプレイができるようになって、

誰の心も掴んで離さないメロディーがばんばん溢れ出てくる。

それは自分自身さえも。そうロバート・ジョンソンのように――

信じr」

「そんな便利な悪魔がいるんだね。」

話を一蹴し、私は再びギターを弾き始める。

ことごとく決め台詞を言わせてもらえず、
父はいじけたようにむくれる。



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