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【警告⚠️】限られた情報の中で交わされる意見や憶測の交錯と錯覚の恐ろしさ

何と言えばいいのだろう…

少なくとも情報リソース(情報源)が
限られた最中、SNS上などで意見を述べたり議論したりすること
は、真面目なのは素晴らしいことだが、避けなければならない
なぜならば、情報と一個人の意見や憶測が交錯して「どれが正しい情報かわからなくなる」、「偽情報と正確な情報の区別がつかない」状態になることは避けなければならないからだ。個人や関係者のプライバシー、人権は守らねばならぬものだ。

情報と意見や憶測の交錯
が事態の全容解明の邪魔になってはいけない。

また、今回起こった出来事の全容解明のなされていない中、あくまでも「疑い」の段階で公認の可否を判断するのは、党としても困難を極めたであろう。

私たちにできることは、情報が少ない中で、憶測で物事を判断し、意見を議論することを避けることだ。
私は、静観していたいと思う。
なるべく別のことに意識を向けてもらいたい。本質的な解決策ではないのかもしれないが…。
(気になる気持ちもよくわかる)
料理するもよし、読書するもよし、友達と話したり、電話したりもよし…etc

「自分は、〇〇(本人が見たい情報だけを見て、認識した範囲で判断したこと)だと思いました」というお気持ちは、「〇〇すべきだと思う」という意見錯覚し、往々にしてすり替わっていくことがある。
それに共感してくれる人が多くいた場合に、自分は多数派に属しているという安心感が、「自分は正しいんだ」と更に錯覚させてしまい、SNS上で発信されて意見として交わされれば、
「誤った民主主義(誤った総意)が形成されてしまう」ことになる。

それが、重要事項の判断材料になってしまったなら一大事である。人命に関わる取り返しのつかぬことになりかねない。

いわゆる『情報断層エコーチェンバー』を以前から警告している先見の明がある人もいる。
本稿を持って、私も警告する。

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