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コホート型学習スタートアップを率いる2社の比較

独立系ベンチャーキャピタルに所属しています、インキュベイトファンドの岩崎と申します。

前回の記事でコホート型学習の概況について記し、色々とご意見を頂きました。特にZENFORCEの荻野さんにはこういった反応を頂き、すぐさまZoomでお時間を頂いてディスカッションさせてもらいました。本当に有難う御座います。

前回記事の反応などを踏まえて、より個社事例を深く取り上げようと思います。今回はコホート型学習を提供するMaven・OnDeckという2社を取り上げ、各社の比較を通じて、「日本でコホート型学習を立ち上げるために考えるべきこと」を整理します。

Maven・OnDeckの概要

まず2社の概要について。

Maven
- 創業者の1人がUdemyの共同創業者であるGagan Biyani。
- a16zが2021年5月に$20MをシリーズA投資。
- その際に創業者がa16zのメディアで書いた記事がこちら。
- a16zのパートナーであるLi Jinが「クリエイターエコノミーについて」というコースを作るなど、非常に著名な人間がコホート型学習を提供している
- 「TwitterでNFTについていつも発信をしているあの人から『NFTの〇〇』について教わる」、「憧れのPdMの人から『〇〇のPdM』というピンポイントコンテンツを教わる」などの体験を提供する。
- MasterClassがイメージに近い。
OnDeck
- 2021年5月に$20MをシリーズAで調達をしているが、投資に関する詳細は不明。
- 「起業家向け」「エンジェル向け」「スタートアップの最初の50人になる人向け」など、職種ごとにコホート型学習を提供している。

それぞれコンテンツの特性は多々あるが、「Podcast作成者向けコホート型学習」や「PdM向けコホート型学習」などはどちらのサービス上にもあるコースはあり、投資額・投資時期からも非常に比較されることが多い2社である。

今回2社を比較するにあたって、MavenはWes Kaoの記事でも丁寧に紹介されていることやTwitterなどでの発信も多いため、今回はまずOnDeckに関してディープダイブをしたい

OnDeck-初期の立ち上げ方

まず初期の立ち上げ方について過去のページなども見ながら考える。「立ち上げ方」と書いたが、初期から今のような形にしたかったかはやや疑問である。

というのも、OnDeckは初期はアクセラレータプログラムの運営企業だった。共同創業者のEric Torenbergがシリアルアントレプレナーでありエンジェル投資家だった。

事業としては、YCombinatorやSequoiaにスポンサーとして入ってもらい、オフィススペースや費用を頂き、OnDeckは集客とプログラム提供を行う。このような一般的なアクセラレータプログラムの形が、2019年6月まで続いた。

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2019年5月時点でのホームページより抜粋。文字が小さくて恐縮だが、”…are mostly free to join, due to the generosity of our eventpartners.(寛大なイベントパートナーのおかげで、基本的には無料で参加できます!)”と記載がある。これを見ると、いかにも一般的なアクセラレータプログラムである。

OnDeck-アクセラレータプログラムとしての収益化

ここまでは一般的なアクセラレータプログラムだったOnDeckだったが、2019年6月から一転して収益化を開始した。8週間のプログラムで$990で、奨学金も存在する。

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2019年10月時点でのホームページより抜粋。

また、2019年6月のコホート参加者としては以下のような分布になっている。エンジニア・プロダクトの人間が6~7割を占めており、状況としてはアイデア模索中~アイデア段階の人間が多い。

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2019年10月時点でのホームページより抜粋。

また、もう1つの面白い変化として、企業ホームページのトップに”Start a company”と”Join a company”の2つの項目が用意されたことだ。ここでJoinを選択をすると、OnDeckと関係のある投資家のポートフォリオとそれらの会社の採用枠について表示がされる。興味があれば連絡をし、直接投資家と候補者がつながるという仕組みだ。

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2019年10月時点でのホームページより抜粋。


勿論スタートアップにジョインしたい人を集める機能を持つアクセラレータプログラムは他にも存在するが、トップページの一番上に乗せるほど大々的に押し出す意思決定をしているのは珍しいだろう。

このあたりが「起業家向けアクセラレータプログラム」から現在の「スタートアップ向けのMBA」を目指す起点だったのかもしれない。

OnDeck-多角化とオンライン化

そして2020年、コロナが来て完全にオンラインでコース提供が行われる。他のアクセラレータプログラム・イベントなどと同様に非常に多くの試行錯誤が行われたのだろう。

コースとしてはこのころまでにまた新たな変化が生じている。コースが二つに分かれ、「EXPLORE」と「BUILD」である。前者はアイデアを探索したり、どこか特定の市場にディープダイブをし始めたい人間のコース、そして後者はすでにアイデアは固まっており、顧客インタビューやプロフェッショナルとの人脈、仲間集めなどを積極的に行いたい人のためのコースだ。

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2020年6月時点でのホームページより抜粋。

さらに大きな変化として、「OnDeck Angel」というコースが誕生したエンジェル投資を始めたい人に対して、インターネット上では学べないことを一次情報として学べる場・コミュニティを提供しようという趣旨である。

また、同時期にポッドキャスト配信者向けのコース、ライター向けコースなどが立ち上がった。徐々に現在のOnDeckに近づいているようだ。

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2020年10月時点でのホームページより抜粋。エンジェル向けの8週間のコースを提供する。(価格は$5,000とエンジェル価格。)

OnDeck - OnDeck First50 Fellowshipの誕生

そして2020年12月。「OnDeck First50 Fellowship」が誕生した。
大企業からスタートアップの初期の50人に参加するためには、スタートアップ特有の考え方や報酬の交渉、いいスタートアップの見分け方、自分の売り込み方、そして何よりいいポジションが空いていたタイミングで飛び込める人脈が必要がある。(たとえ大企業でスキルフルな人間であったとしても、である。)

そういったニーズに対してコミュニティとコースをオンラインで提供したのがOnDeck First50 Fellowshipである。他にもこの時期に、OnDeck Nocode, Ondeck VentureCapital, OnDeck Climate Techなど新しいコースが生じている。

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2020年12月時点でのホームページより抜粋。

OnDeck -全てのスタートアップ関係者のMBAへ

そして現在の形である。
データサイエンティスト、プロダクトマネジメントなどの職種や、ClimateTech,Fintech,Health Techなどの業界ごとのコースなどを提供するようになった。平均は$2,500で8週間のプログラムを提供しており、個人的に一番気になるのは「OnDeck First50 Fellowship」である。

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2022年2月現在のホームページより抜粋。

MavenとOnDeckの違い

Wes Kaoの記事と今回のここまでのOnDeckの整理を踏まえて、ここからは2社を比較したい。

Mavenは記載の通り、「有名人がコホート型学習を提供する」という打ち出し方であり、マーケティングも(少なくとも2021年中旬時点では)著名人のSNS経由が主であるらしい。

Mavenの創業者であるGagan Biyaniは今後の展望として、「著名人のSNS経由でMavenプラットフォーム上でコホート型講義を体験した人が、コホート型講義の魅力に気づき、プラットフォーム上の別の講義に参加する」という導線を考えているようだ。

しかし、「講師が提供したいコースを行う」というクリエイターエコノミー路線に走らせてしまうと、「著名な講師には顧客が付いているが、ロングテールに広げることができない」というSHOWROOMのような状況(cf.Pococha)や、「ニッチ路線に走り、nice to haveなものしか提供ができない」という状態(後述するNewspicks Newschoolに対する仮説)に陥ってしまうのではないかと考えている。

特に後者の「nice to haveの提供」に陥ってしまうとコホート型学習の事業上のメリットである単価の高さを担保することができない。

一方でOnDeckはアクセラレータプログラムを多角的に拡張した、という経緯を考えても、「Mr.〇〇の提供するコース」ではなく、「Ondeckが提供するコース」が顧客のコースに対するとらえ方であり、マーケティングもOnDeck自身が行う
結果、コースの設計もコントロールすることができる(=受講者にとって整ったサービスを提供することができる)上、講師の数もボトルネックにならない可能性が高い。

一方で、自社でコースの設計・管理を行うOnDeckの最大の弱点はスケールスピードである。
Mavenはイネイブラーツール+マーケットプレイスモデルであり、そこまで工数をかけずともコースを増やすことができるが、OnDeckはコースの自社開発・運営を行うため、コミュニティ設計や講師の育成などにOnDeck側が責任をもって工数をかける必要がある。しかもシステム化が難しい(と予想される)部分であり、ROIがどこまで担保されるかは少し疑問だ。

Maven…質の維持△、講師の数×、スケール性〇
OnDeck…質の維持〇、講師の数〇、スケール性×

日本でコホート型学習を立ち上げるために何を考えるべきか

「日本でコホート型学習を立ち上げることはできる!」「立ち上げることはできない!」というのは、起業家ではない私が論ずることでも論ずるべきでもない。そのため、今回の記事の締めくくりとしては、「コホート型学習を立ち上げるためには何を考えるべきか」を整理しようと思う。

NewspicksがNewsPicks NewSchoolというMaven型のコホート型学習を2020年夏ごろから提供し、2021年秋にクローズをした。

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2022年2月現在のNewspicks NewSchoolのホームページ。

個人的な見解として、①講師の数が頭打ちになった②講義がNice to haveだった(=結果単価を保つことができなかった)という2点でクローズした、という仮説を持っている。「日本でのコホート学習の立ち上げ」という議論において重要な、このNewspicks Newschoolの事例も踏まえて、日本で立ち上げるうえで考えるべきことを整理する。

日本での立ち上げ時の検討事項①:must haveなコンテンツを提供することはできるのか?

コホート型学習の事業上の魅力は言わずもがな単価の高さ($500~$5,000)であるため、それを提供するためにはmust haveな社会人教育を提供する必要がある。では「must haveな社会人教育」とは何かというと、「キャリアチェンジや儲けに直結をする(=ROIが読みやすい)教育」だと考えている。

この点OnDeckのように「これを受けたらスタートアップの最初の50人にキャリアチェンジができる!」は刺さるだろうが、「これを受けたらCryptoに詳しくなれる!」は刺さらないかもしれない。(Crypto業界への転職を検討している人などであれば別である)

また、B向けに展開することを考えれば、Must haveのハードルは下がるが、そもそもコホート型学習の最大の価値であるコミュニティという点とB向け研修の相性がそこまでよくないだろう。もしどなたかB向けにコホート型学習を提供している事業者をご存じであればご教示いただきたい。

日本での立ち上げ時の検討事項②:コンテンツのクオリティを担保することはできるのか?

こちらはコホート型学習について先日弊社のパートナーに紹介をした際に多く頂いたコメントである。

MavenではMaven Course Acceleratorというものがあり、講師がコホート型学習を提供するために「どのようなことに注意をすればいいか?」「どのようにカリキュラムを組めばいいか?」「どのようにブレイクアウトルームを活用すればいいか?」、などについて詳細に講義を受けることができる(コホート型で、だ)。
しかし、結局コースを提供するのは講師であるため、どこまでコースの質を担保できるかは疑問である

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2022年2月現在のMavenのホームページより。

OnDeckでは講師と協力して自社開発でコースを作成しているため、比較的コンテンツの質は担保されている。が、先述の通り労働集約要素が強く、スケールするかは疑問である

終わりに

今回もコホート型学習について、しかも前半部分はシリーズA調達して間もない無名のOnDeckという企業について、オタク特有の早口で書かせて頂きました。

一旦noteとしてコホート型学習について記すのは終わろうと思います。しかし、Maven/OnDeckともに「このサービスめちゃくちゃ使いたい!」というところ1つの起点で始まった深堀りです。ただのファンです。

なので、もしMaven/OnDeckを参考に、コホート型学習を展開しようと考えている方・ないしは検討したけど諦めた方・既に展開している方・などいらっしゃればDMなどにて情報交換させて頂けますと幸いです。

宜しくお願い致します!


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