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DMを閉じる事にした

おとなの待避所を運営する、暇真(いとま)です。

◾️キャパが足りない

「生きづらさ」を感じる人の居場所をつくりたいと発信しているからか、最近は人生相談のDMをもらえる機会が増えてきた。私に相談したいなーと思って、勇気を出して連絡をくれた人がいるという事実が、すごくうれしい。見つけてくれてありがと〜!

私は綺麗事が好きだから、みんなが幸せになったらいいなーと本気で思ってる。脳内お花畑。

そんなんだから、当然相談してくれた人にはちょっとでも幸福度UPしてほしくて、全力で応えてきた。応えてはきたんだけど……ま、所詮理想。

なかなか思い通りにはいかないね。

長文を読んで、読み返して、返事を考えて、考え直して、慎重に送信…それを何度か繰り返すと、もう1日が終わってしまう。私の情報処理能力じゃ1人-2人で十分キャパオーバーだ。もらった相談に対して返事をするのがすごく遅くなってしまったし、時間をかけたからといって、理想的な返信ができたか考えると、かなり怪しい。

◾️適性がない

相手がどう思おうと、相談に応えた結果「良いことをしたな」って満足できるなら別によかった。noteで文章を書くことだって自己満足だし。読者がどう思うかはさておき、書くという行為が満足感につながっているからオールOKだ。

その点で、相談には適性がなかった。

・私でいいのか!?
・ちょっと自惚れてるかな…
・もっと適切な人材がいるよな…
・ひと様にアドバイスとかおこがましいな…

という気持ちになってしまって満足感や達成感どころか、申し訳なさや不甲斐なさが勝ってしまった。

私、昔から人の話を聞くのが好きだったから、カウンセラーも素質あるかなーと思ってたけど、全然無かったみたいだ。カウンセラーは単に聞く力だけじゃなくて、自分と相手を分ける力とか、相談後に頭を切り替える力とか、感情と思考を分けて冷静に話す力とか、あと純粋に心理学的知識が必要なんだと思った。

そういうのがないと、長期的には自分がキャパオーバーして共倒れになる。全然持続可能じゃない。

とりあえず、これまでいただいた相談はすべて会話のラリーが終わったので、これを機にDMは閉じることにする。

◾️立て直してく

私は「自分の居場所がほしい」という気持ちから派生して「同じように居場所を必要とする人で集まろう」「生きづらい人が逃げこめる場所(=待避所)をつくろう」というモチベーションで発信してきた。

今もそういう気持ちでいる。

でも、1対1のコミュニケーションで相談の数をこなすのは、たぶん向いてない。相談を捌く…みたいな感じになってしまうのもイヤだ。

  • カウンセリングスキルを鍛える

  • 生きづらいもの同士で話せる機会をつくるところまでが自分の役目と割り切る

  • 1ヶ月のうち、相談に当てる日付を決めて、数日だけ全力で相談DMを受け付ける

  • 終わりのないチャットではなく、対面イベントに限定してその時間だけ相談を受け付ける

など、やり方を工夫してまたDMを開放する事もあるかもしれないけど、とりあえず一旦は閉める事にする。

まずは、自分の人生を進めてく。

これまで相談に訪れてくれた人たちは、私の発信を見て「いいね」「勇気づけられた」「応援してる」と言ってくれたんだから、まずは自分の人生を進めて、その都度の発信を大事にしていきたい。

立て直そう。

2024/06/21_54

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