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もっと、はなしてみたかった

父は大人と子供の線をしっかり引く人だった

ほとんど喋らないで晩酌しているか、釣りの仕掛けをつくっているかで、わたしのような子供は枠外にいることしかできない

父と母はとても仲が良かった

家族はまず父と母がいて、その次に愛されているのが子供たち。

そういう図式ができあがっていて、わたしはそういうふたりを見るのは好きだった

喋らないし外出も(釣り以外は)きらいで、どこにも連れて行ってもらえなかったけど、とくに何も思わなかった

そのころの予感-わたしはまだ小学生か中学生になったばかりのころだったが-

もしわたしが20歳を超えて晩酌できるようになったら、子供じゃなく大人としてそばにいられたら、たぶん今よりもずっと居心地がよくなる、という気がしていた

何も喋らないくせに、人を惹きつける、チャーミングな人だった

私が大人になって、お酒をのんで話せたらきっと、おもしろかっただろう。

そして、父もきっとそれを待っていたのだ。わたしが大人になるのを。


中学生になって半分すぎたころ、父は亡くなった

同じように惹きつけられた人が目の前で海に落ちてしまって、それを助けようとして自分も飛び込んでしまったのだ

そのとき一瞬でも私たちのことが頭によぎっただろうか、と考える。

答えはわからない。


ちょうど父が海にとびこんだ時間(あとからわかったことだが)に、偶然似た人を見かけた

そのひとは少し離れたベンチに座っていて、顔は見えなかった

でも後姿がとても似ていたので気になり、回ってみてみよう、と思ったときに親戚に呼ばれてしまい、見ることができなかった。急いで戻ってみたけれどもうそこには誰も座っていなかった。

ただ、似ていただけなのだろう

きっと


まいにち晩酌する父と母をみるのがすきだった

わたしも早く大人になりたかった


もうすぐ父の年齢においつく。



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