「時々、エシカル」 それでいい | エシカルフードインタビュー 山本謙治さん
こんにちは。「Tカードみんなのエシカルフードラボ」公式note担当の東樹です。
今回は、ラボの活動に有識者として参画されている、株式会社グッドテーブルズの山本謙治さんへのインタビューをお届けします。農畜産物流通コンサルタント、農と食のジャーナリストとして長きに渡って「エシカル」に関わる発信をされてきた山本さんに、私たちがどのように「エシカルフード」に向き合うべきか、お話を伺いました。
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山本 謙治さん
1971年、愛媛県生まれ・埼玉県育ち。
三度の飯より食べることが好き。小学校低学年よりNHK「きょうの料理」テキストを愛読し料理をする。大学在学中にキャンパス内に畑を拓き野菜を栽培。卒業後はシンクタンク、農産物流通企業を経て、農畜産物のコンサルタントを職業とする。その傍ら、農と食のジャーナリストとして雑誌連載や本を執筆。
一年の三分の一を全国の農林水産業の現場を巡っていると、すばらしい郷土の食材や料理、そして生産者と出会う。そこには、都市部ではとうていみることのできない鮮烈な光景が拡がっている。この光はもしかしたら十年後には消えているかもしれないと思いつつ、その保全につながる仕事と、執筆、撮影を続けている。
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ー 山本さんは、なぜこのラボに参画されたのでしょうか?
私の人生の目標は、「生産者の手取りを増やすこと」です。高校時代から農場に出入りし、大学卒業後は仕事で畜産の現場を調査するなど、生産者との結びつきを強めてきました。彼らと関わる中で、サプライチェーンにおいては、価格決定権のない生産者が一番弱い立場にいると思うようになったんです。
デフレが続く日本は、ワンコインで味噌汁付きの牛丼が食べられるクレイジーな国です。消費者にとっては喜ばしいことですが、生産者のことを考えたら、農産物の価格、食品の価格を上げていかなければいけません。価格を上げるにはどうすればよいでしょうか。単に値上げするだけでは、文句が出るに決まっています。
15年ぐらい前、そんなことを考えていた折に、欧米には「エシカルソーシング」という倫理的な仕入れの考え方があるということを聞いたんです。エシカルな項目を満たしていなければ仕入れず、満たしていたらそれを付加価値として評価し、少し高い値で仕入れるという取り組みです。
「エシカル」という言葉を聞いたのはその時が初めてでしたが、ビビッときましたね。倫理という要素が入ることによって、一般的なものがこれまでと違った価値を持てるようになるかもしれない。そこから、倫理的消費について真剣に考えるようになったんです。
イギリスに調査に行ったり、北海道大学の博士課程で、倫理的消費を広めて生産者の手取りを増やすことについて研究したりする中で、倫理的消費の基準を定めて企業や食品を評価する仕組みを日本にも作らなければいけないと思うようになりました。
そんな時に「Tカードみんなのエシカルフードラボ」にお誘いいただいて、二つ返事で参画を決めました。すでにラボの活動が始まっていますが、これは日本のエシカルシーンを変えるぐらいの大きなインパクトがあるのでは、と興奮しています。
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ー 山本さんが考える「エシカルフード」とは、たとえばどのようなものでしょうか?
新潟県佐渡市で作られる、「朱鷺と暮らす郷」というお米があります。朱鷺は日本で一度絶滅してしまったので、現在は中国からもらい受けた朱鷺を佐渡で放鳥して増やしています。
朱鷺は大型の鳥なのでたくさん虫を食べなければいけないのですが、農薬を使うと田んぼから虫がいなくなってしまうので、朱鷺の食べ物を確保するために農薬を減らすことになりました。また、冬の間は田んぼを乾かしておくのが普通ですが、そうすると水棲昆虫がいなくなってしまうので、冬の間も水を張り続ける「冬水田んぼ」にしました。
その結果、環境庁が定めた朱鷺の野生復帰の目標数を速やかに達成することができたんです。そんな取り組みの中で育ったお米が「朱鷺と暮らす郷」という名前で販売されています。
朱鷺にとってよいのはもちろんのこと、生物多様性、環境の観点でもよいですし、農薬を減らすことは農家のためにもなります。三方よしの、非常にわかりやすいエシカルフードの事例です。
もう一つ、ASC認証を取得している南三陸・戸倉産の「戸倉っ子かき」の例があります。東日本大震災の前は、戸倉の牡蠣の評価は高くなかったそうです。稚貝を通常の倍近く入れていたので、量は採れるものの、餌を食い合って身が小さい牡蠣になってしまい、また、排泄物で海域が汚染されるという状況になっていたと。
東日本大震災で多くが流され、復興に向けての検討を始めた時に、「前のような育て方はやめよう。育てる量を通常の半分にしよう」という話になったそうです。その結果、餌の食い合いもなくなって、1年で2年ものぐらいの大きさの牡蠣が採れるようになりました。それが東京のオイスターバーなどで認められ、よい牡蠣だと評価が高くなったんです。
特筆すべきは、牡蠣が少なくなったおかげで、労働時間を短縮できるようになったということ。震災後、漁師の皆さんが「家族が一番大切」と言っていたのですが、家族との対話の時間を増やすにあたり、この方法は最適でした。つまり、この牡蠣の育て方によって労働問題も解決したわけです。
環境、フェアトレード、人権、など、エシカルなテーマはたくさんあります。ここで挙げた2つの例のように、いくつものエシカルなテーマが重層的に食と結びついたものが、エシカルフードとして優れていると考えます。
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ー 長きに渡って「エシカル」に関連する発信を続けていらっしゃる山本さんですが、世の中の「エシカル」の受け止め方に何か変化は感じていらっしゃいますか?
日本では元々、倫理的な消費に関わる分野の担い手は、生協組織や、大地を守る会などの専門流通団体でした。フェアトレードや無農薬などを扱っていましたが、ごく一部の動きであり、社会全体には波及しないものでした。
ここ6年ぐらいで、エシカルであれという動きが少しずつ大きくなってきたように感じます。東日本大震災を経て、「他人の不幸に対して何かしてあげよう」という機運が高まってきたのではないでしょうか。そのようなところから、エシカルマインドが普遍化してきているように思います。
SDGsが発表されてからは、小学校でSDGsやエシカルについて教えるようになりました。子どもたちが、ネイティブに「フェアトレードしているものがあるならそっちを買わなきゃ」などと考えるようになったという意味では、これから大きな変化がくると予感しています。10年後、SDGsネイティブ層が消費者層に変容する時、そこから本当にエシカルな世界が実現すると私は思っています。
ー そうした教育を受けていない世代にもエシカルフードを手にとってもらうためには、エシカルについてどのように伝えていったらよいでしょうか?
「こういうことをするのが倫理的だ」と伝えても、相手がそれを倫理的だと思っていない場合、自分を否定されたように感じさせてしまう懸念もあります。その場合、倫理の文脈を使わずにコミュニケーションを取る必要があります。
たとえば、あるショッピングモールの催事では、オーガニックコットンをフェアトレードしている無印良品が製造段階で出た端切れを使って、親子でオリジナルTシャツを作るというイベントを開催していました。楽しいね、肌触りがいいね、という体験の後に、「これはオーガニックコットンと言って、生産者が一生懸命作ってくれたもので、その分少しお金がかかる」というような説明をするわけです。そうすると、子どもも「お母さん、オーガニックコットンっていいね、また買いたい!」となる。最初からオーガニックやフェアトレードを打ち出してはいないところが肝です。
このように、「楽しい」「おいしい」から始まり、やがて「エシカルなものはいいものだ」ということが浸透するようなアプローチをとるのが有効だと思っています。
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ー 最後に、今日からでも気負わずに始められるエシカルフードアクションがあれば教えてください。
イギリスに「Ethical Consumer」というメディアがあるのですが、8年ぐらい前に、そこのRob Harrisonさんに「日本では一部の人しかエシカルなものを買ってくれないんですよね」という相談をしたことがあります。
すると、「当たり前だよ。どんな国でも、エシカルなものばかり買っているのは人口の数%しかいないんだ。でも、そこを相手にしなくていいんだよ」と彼は言うんですね。
ピラミッドがあるとしたら、一番下の20〜30%は「Can not be ethical」と言って、一生エシカルなものは買わない、まったく興味がない人たちです。また、ピラミッドの一番上の、「Always ethical」 、つまり毎日エシカルなものを買っている人たちも、マーケットに占める割合は多くありません。
「一番大事なのは、普通の人がたまにエシカルなものを買うという行動なんだ」と彼は言います。ピラミッドの中間の、50%以上いる人たち。時折、気が向いたらエシカルなものを買う「Sometimes ethical」の層です。
「3回に1回はフェアトレードのコーヒーを買おう」とか、「今日は給料日だから、オーガニックのカカオを使ったチョコレートを買おう」とか、そういう買い方ですね。人によって頻度は様々ですが、総合すると巨大なマーケットになります。
エシカルであろう、と気負う必要はないんです。たまたま懐が暖かくて、たまたま目についたのがエシカルなものだった時に、「今日は気が向いたから買ってみようかな」ということでいいんです。
エシカルアクションを常に心がけようと思うと、金銭的にも大変ですよね。「たまに」でまったく問題ない。「たまに」の頻度を上げようと思う時が来たら上げていけばいい。それが、私の伝えたいことです。
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