スノボ

下手くそで不細工な男だった


「今年のやりたいことは?」

あけましておめでとうと同じくらい聴く代名詞に聞き飽きてきた私はしいたけ占いに「恋愛に疲れたら自然と触れよう!」と書いてあったことを思い出した。

スノーボード場によくいる、大人の間を縫って滑れると自負していた友人から、二泊三日でスノボしに行こうと申し出られたので仕方なく私は行くことにした。


今年で出版業界に入って社会人2年目になった私には、付き合ってはいない関係だけど好きな男性がいた。

「私くらいの年齢の女には、よくあることだ」と言い聞かせて。


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私に煙草をふかして遊ぶようにキスをする 無駄なセックスをした夜はいつもタバコを吸っていた彼をおてんば君と呼んだ私より2歳年下でいつも私をハラハラさせる 軟骨のピアスが空いてるサブカル男子 おてんば君に夜を長く感じてしまう恋をしていた


そんな彼と友達の紹介で知り合った いつまでも私のことを「〜さん」付けで呼ぶ 2歳上に見えない彼はいつまで経っても敬語が抜けなかった 「仕事中の癖だから許してよ?」広告代理店で営業をしている彼が私と会うたびに言うきまり文句 そんな彼を敬君と呼んだ


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私とおてんば君の出会いは、私がNui. | HOSTEL & BAR LOUNGE の写真をInstagramのストーリーズに載せたことがキッカケだった おてんば君が「ここのBARでモヒート飲んだことあります」きっかけはそんな一言からだった


舌が痺れる 生温い風の日だった 茶髪の髪の毛にパーマが似合っている彼は私が今まで寝てきたそれなりに好きだと思う男だった おてんば君の匂いから タバコを吸う仕草 気配りもお店選びも酔った時に見せる仕草も絡まっていく体温もぜんぶ見透かされているのかと思った

おてんば君とありのままに任せた夜を過ごしてから頻繁に連絡を取るようになった 寝る前に電話する時間や私にだけ聴かせてくれる甘い声も好きだったけど そんな毎日は長くは続かなかった


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Instagramの「親しい友達」にのみに流れてくるストーリーに私の知らない女と遊んでいることが何度かわかってから、連絡を取る回数が減ってきた頃だった 「ほら〜また言ったじゃん」と顔に出てくるような表情をした友達から「同じサークルにいた2歳上の彼に相談してみれば?」彼なら優しいから聴いてくれると言われたのが敬君と出会うきっかけだった


暖かいものが恋しい季節になった頃 友達を交えて敬君に出会った時は、そういえばこんな先輩もいたな程度の認識だった 全然かっこよくなくて、落ち着きがなくて、女慣れをしていないと感じさせる喋り方 ベースだけは上手かった先輩 そんな印象を抱いていた 


彼が私と同じバンドが好きなことや好きな小説が一緒だということがキッカケで定期的に敬君と会うようになった 彼は日本橋で働く広告代理店の営業マンであり 神保町に住んでいたので、神保町ブックセンターに通いながらお互いの好きな本についてだらだら話す日々が続いた 


敬くんの部屋は色合いには似合わない暖簾が出迎えてくれたり ぎこちないポスターが飾ってあったり 積み上げられた文庫本の横にコケや観葉植物が置いてありそれも含めてもう好きになっていた


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息白が舞う季節が訪れ 突っ伏した私に暖かい枝先が引っかかるような感情が湧いてきた それなりに顔がいい男と関係を続けてきた私が誰かを好きになれることが嬉しくて、悲しかった 


クリスマスの1ヶ月前に、敬くんから「イルミネーション見に行きませんか?」とLINEのテキストを見たときは照れ臭かった 無意識に一番気に入っていたチェスターコートを着て会いに行っていた ぎこちない敬語と慣れない仕草、言葉遣いで私の気を引くように話してくれたのがなんだか愛しかった いつもは買わないお酒を買い込んで、耳や口に熱が絡んでいることを感じながら敬君の部屋に潜りこんだ


お酒を飲みながら、不意に呼び捨てで呼ばれ唇に触れてきた 照れている2歳上の不細工で男っぽくない男を見ながらずっと前から欲しかったことを感じた 下手くそなキスも身体の触れ方も何度も他の男とは何回もしたはずなのに違って嬉しくて気持ちよくて全部欲しいって思った


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フライングした恋はいつしか熱が冷め 敬君と連絡する日々も減ってきた 「今こんな本が流行っているよ」「名前を呼ぶ顔」「ぎこちないポスターの表情」はもう見れないし 彼がどんな生活を送っているのかももう分からなくなってしまった お揃いで買ったマフラーを巻きながら日々は過ぎた 



LINEの通知音が鳴り響いた 友人から「雪だるま作ったよ〜!!」のテキストが表示されるのを見て、私は身支度を整えマフラーを巻いて、ワイヤレスイヤホンを耳に掛け、タバコを咥えながら外へ出た



音のない午前0時 

東京の空じゃ見えない綺麗な空が広がっていて月は滲んで見えた



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