柳瀬亮太

中津市総務部行政経営改革・デジタル推進課主任/2012年中津市役所入庁/総務課、耶馬渓観光室、子育て支援課を経て、2021年より現職/大分県地域政策スクール11期生/発言は個人の見解です

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中津市総務部行政経営改革・デジタル推進課主任/2012年中津市役所入庁/総務課、耶馬渓観光室、子育て支援課を経て、2021年より現職/大分県地域政策スクール11期生/発言は個人の見解です

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    • バルンバルンの森が”奇跡のキャンプ場”と呼ばれる理由

      奇跡のキャンプ場”バルンバルンの森”が、なぜ奇跡を起こすことができたのか、その理由を明らかにします。 第1章 奇跡のキャンプ場ができるまで 第2章 奇跡のキャンプ場のつくり方 第3章 小さなキャンプ場がまちを変える 第4章 なぜ、奇跡を起こせたのか?

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    バルンバルンの森が”奇跡のキャンプ場”と呼ばれる理由

    中津市には「バルンバルンの森」という公共施設があります。 「バルンバルンの森」というキャンプ場は、めちゃくちゃすごくて、まちづくりや地域活性化の世界では大谷翔平選手のような存在! 感度の高い人たちからは”奇跡のキャンプ場”と言われています。 ・・・であるにもかかわらず、そのすごさに気がついていない人もまだまだたくさんいます。 そんな「バルンバルンの森」について、ここでは紹介していきます。 バルンバルンの森とは?バルンバルンの森の正式名称は、「洞門キャンプ場」です。

      • なぜ、奇跡を起こせたのか? #6 パートナー・仲間がいたから|ひとつひとつの出会いが奇跡

        奇跡の源泉は、田代夫妻の出会い「バルンバルンの森」の起こした奇跡の源泉をたどると、それは田代夫妻の出会いに行きつきます。 田代夫妻が出会い、そのふたりがキャンプ場に出会ったから、「バルンバルンの森」の奇跡は起きたわけで、田代夫妻が出会わなければ、「バルンバルンの森」の奇跡も起こらなかったことでしょう。 田代夫妻が出会ったことが奇跡のはじまりで、その後、私生活だけでなく、ビジネスパートナーにもなるふたりの夫婦哲学というか、夫婦のあり方が奇跡の礎となります。 夫婦に集中する

        • なぜ、奇跡を起こせたのか? #5 個性を極めたから|”個性”が最大の武器

          「バルンバルンの森」は、個性的だから・・・「バルンバルンの森」という強烈な個性は、地域の宝でもあります。 もはや、地域にとっては、なくてはならない存在です。 にも関わらず、時々「「バルンバルンの森」は、個性的だから・・・」と距離を取るような発言を耳にします。 「バルンバルンの森」に限った話ではありません。地域内で強烈な個性を放てば放つほど、個性的でない多数派は、「あの人は、個性的だから・・・」と口にすることがあるのです。 「あの人は、個性的だから・・・」という言葉、実

          • なぜ、奇跡を起こせたのか? #4 地域の個性を見つける|福澤諭吉の視点

            「バルンバルンの森」が奇跡を起こすために、「森」への出会いは不可欠でした。 1999年、当時の廃園寸前のキャンプ場やそれまでのキャンプ場を訪れた人は、田代夫妻の他にもたくさんいたはずです。 なぜ、ふたりだけが、このキャンプ場にここまでの価値があることに気が付くことができたのか、キャンプ場が地域の個性だと気が付けたのか、それについては、後述します。 福澤諭吉も「地域の個性」に目をつけた?!「バルンバルンの森」の目と鼻の先に「競秀峰」という耶馬渓の中でも代表的な観光名所があ

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            なぜ、奇跡を起こせたのか? #3 継続|「青の洞門」と「バルンバルンの森」の共通項を見つけた!

            森は一夜にして成らず「バルンバルンの森」の奇跡というのは、一夜にして成されたものではありません。 田代夫妻が、2002年にキャンプ場に関わり始め、コツコツとしてきた成果が奇跡を起こしたのです。 それは、川を挟んで向かい側にある「青の洞門、禅海和尚」の物語にも似たものがあります。 30年かけ手彫りでトンネルを完成させた禅海和尚「バルンバルンの森」から直線距離で1キロもない場所に観光名所「青の洞門」があります。 「青の洞門」は、禅海和尚が30年かけて、ノミと鎚だけで掘り続

            なぜ、奇跡を起こせたのか? #2 「サンクコストの呪縛」があり、公共施設の可能性を示したから

            「バルンバルンの森」は、サンクコストを無駄にせず、公共施設の可能性を示したために、約20年にわたり、キャンプ場の運営管理をすることができ、奇跡を起こすことができました。 (注)サンクコストとは、埋没費用と訳され、「すでに支払ってしまい、取り返すことのできないコスト」のことを言います。 「バルンバルンの森」が示した公共施設の可能性「バルンバルンの森」は、地域内外にある公共施設の可能性も示しています。 「バルンバルンの森」の例が出てきてから、他の同様の施設はもちろん、異種の

            なぜ、奇跡を起こせたのか? #1 行政との絶妙な距離感

            近くて、遠い役場田代夫妻が、キャンプ場の管理者になった当初は、役場も「田代さん達が頑張っとるから、市も応援せんとな」という体制があり、担当者の秋吉さんをはじめ、行政との距離は、近いものがありました。 どうも2011年の「バルンバルンの森」という通称をつけたあたりから、少しずつ「バルンバルンの森」と市、両者の間に距離ができていったように感じます。(あくまで、個人的な分析です。違っていたらごめんなさい。) この時期から、イベントをすれば、多くの人が集まり、イベントスタッフも、

            小さなキャンプ場がまちを変える #4 行政の変化|前例なきことをしていく

            「バルンバルンの森」が、地域内で存在感を発揮していくうちに、行政にも変化がありました。 その前に、変わる前の「行政」について、述べておきたいと思います。 「公共」らしからぬ「バルンバルンの森」と「公共」との戦いの歴史について、その一端を紹介します。その一つが「歪んだ公共」問題です。 「万人の万人による万人のための」キャンプ場?!「バルンバルンの森」は、「公の施設」という性質上、どうしても、公共という壁が立ちはだかります。 ある担当者は、 「住民が等しく利用する公共の

            小さなキャンプ場がまちを変える #3 地域の変化|「バルンバルンの森」がつくるミライ

            「バルンバルンの森」が地域の誇り!観光の効用の一つに、「自己肯定感の向上」があります。普段自分たちが住んでいる地域というのは、その良さにあまり気が付くことができません。風景も食事も何もかも当たり前の日常だからです。 しかし、観光客が来ることで、「遠くに住む人がわざわざ休みの日に来るほどの地域なんだ」と地域の魅力に気づかされます。「バルンバルンの森」も例外ではありません。多くの宿泊客がこの地を訪れることで、地域の人たちは改めてその土地の価値を認識することができます。 合併後

            小さなキャンプ場がまちを変える #2 移住者の増加|「バルンバルンの森」はふなっしーである?!

            地方創生が叫ばれる「バルンバルンの森」に出入りする「面白い人たち」の中から移住、定住につながった人もいます。 移住、定住については、社会全体の流れもあるので、概略だけ振返ります。 地域おこし協力隊の制度化 2009年に国が「地域おこし協力隊」の制度化をしました。 「地域おこし協力隊」というのは、管轄する総務省によると、次の通りです。 簡単に言えば、都市部から過疎地域への移住・定住のきっかけを作る仕組みです。 東日本大震災の発生 また、2011年3月には東日本大震

            小さなキャンプ場がまちを変える #1 地域への経済効果

            交流人口の増加小さなキャンプ場「バルンバルンの森」は、いい意味でまちを変えました。 田代夫妻がキャンプ場の管理運営をはじめた頃、年間120人だった宿泊客数は、今ではコンスタントに年間5000人を超えています。 年間を通じても人がほとんど来ることのなかった、ボロボロのキャンプ場が20年かけてよみがえり、よみがえっただけでなく、建設当初のよくある施設から、唯一無二の「奇跡のキャンプ場」に生まれ変わりました。 キャンプ場が生まれ変わったことで、人の往来が活発になり、これこそ地

            移住のきっかけは、「顔が見えてくるような」キャンプ場|大分県中津市地域おこし協力隊 尾上直樹さん

            アウトドア好きだから気づけたバルンのすごさ「バルンバルンの森」をきっかけに、地域おこし協力隊として移住をした尾上さんにお話を伺いました。 熊本出身の尾上直樹さんは、2020年に中津市の地域おこし協力隊として赴任し、移住をしました。 現在は、中津市三光地区で、八面山をはじめとした観光資源の掘り起こしなど”地域おこし”をしています。 学生時代に、あるセミナーで田代夫妻に出会い、その後、「バルンバルンの森」に訪れるようになったそうです。 元々、山登りが好きだったため、キャン

            奇跡のキャンプ場のつくり方 #10 アドボケイトを見つける※公務員必見です!

            アドボケイトはマイク?!特にバルンバルンの森のような公共施設は、自分たちで思うようにならないことも多々あります。民間事業者に比べると、制約もたくさんあります。 その制約を突破するためにも、アドボケイトを見つけることが必要になってきます。アドボケイトとは、「代弁者」のことです。最近では、児童福祉の世界で少しずつ注目されているものです。 子どもは権利の主体であるはずですが、思いや気持ちが社会に反映されにくいです。そんな時に、アドボケイトが子どもの代弁者となり、思いや気持ちを社

            奇跡のキャンプ場のつくり方 #9 収益を目標にしない(売上を減らす)

            「収益」は目標ではない経営をしていると「収益」というのは、一つの目標になります。 「収益」を上げることで、会社やそこで働く従業員が経済的に豊かになるので、当然のことと言えるでしょう。 しかし、「バルンバルンの森」では、「収益」を目標にはしていないのです。 こういった話をするとすぐに、「経済最優先派」と「経済反対派」と二分して考える人がいますが、「バルンバルンの森」は、このどちらに所属するのかといった話ではありません。「バルンバルンの森」は、このどちらにも所属していません

            バルンバルンの森に出会い、人生が変わった|フリーライター 佐々木祐香さん

            ※本記事は2021年4月時点の取材をもとに執筆しています。 佐々木祐香さん(通称ゆっち)は、「バルンバルンの森に出会い、人生が変わった」人の一人です。 元々、東京で、フリーランスでライターやウェブの仕事をしていた祐香さんは、森に出会い、マルシェなどのイベントにボランティアスタッフとして関わるようになりました。 その後、森でウエディングをあげ、今では、森のHPなど広報業務を個人で請負っています。 プライベートでも、古民家を「バルンバルンの森」流にリノベーションし、中津市

            奇跡のキャンプ場のつくり方 #8 観光客は呼ばない

            観光客は呼ばない「バルンバルンの森」の基本的なスタンスについてですが、「誰でも彼でも来て!」とは、していません。 このように書くと「難しい頑固親父」みたいに思われるかもしれませんが、そうではありません。 基本的にはウェルカムなのですが、「誰でも彼でも」というかといえば、少し違います。 「森」に共感し、理解してくれる人に来てほしいと思っています。 予約の際の利用規約では、次の記載があります。 この「森のルール」を読んで、どう感じますか? 「厳しい」と感じる人もいるの