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ひらがなが読めない息子が手紙をもらってきた話

これから書くことはフィクションだと思って読んでほしい。

うちの息子は発達障害である。一口に発達障害と言っても、表現が苦手な子もいれば勉強が苦手な子もいる。特性は千差万別である。
うちの子は両方苦手なのである。

小さい頃からお友達にからかわれたり、バカにされたりした。
「おかしいから病院に行った方がいいよ」と言われたこともある。本人は理解できないが、親としては深く傷つく。だが、みんなができることができない。小学校にあがると普通級には入れない。そういうのを心配して無邪気に指摘してくれる。

外でけんかすると、必ず悪者にされて帰ってくる。なぜなら言い返すことができないからだ。
保育園の頃、けんかして相手を傷つけたことがあった。うちの子は体が大きいので、戦うと負けない。
「お友達が許せなかったら、叩いてもいいよ」
僕は間違ったことを言ったと思うが、優しい息子が自己主張のないまま育つことが怖かった。
もっと怖いのは、お友達にバカにされながらも、遊んでもらえなくなることが怖い。普通の健康な子供とは発達の違いがあるため、話が噛み合わない。だけど、それができないまま大人になったらどうなるのだろう。

小学3年生の今でも、5歳程度の知能と言われている。ひらがなでも読み間違える。教えたことはすぐ忘れる。仲が良かったお友達の名前もすぐに忘れる。
僕には足し算ができない子の気持ちはわからない。ひらがなが読めない子の気持ちもわからない。
息子は公文のプリントは月に数百枚もやる。親の執念でもある。発達障害と理解しても、小学校の勉強がわからないままではまずかろうという親心である。否、親の自己満足かもしれない。本当なら学力以外の生きる力を伸ばすべきかもしれない。何が正解かはわからないが、やはり日常生活に困らない読み書きはできてほしい。

次第に、支援級の子と遊ぶことが増えた。あるいは年下の子と遊ぶことが増えた。
息子に言わせれば普通級のお友達は、すぐ怒るのだそうだ。その内容が理解できない。説明もできない。だから親にもよくわからない。

今までたくさん悪いこともあったが、息子の誕生日にいいことがあった。

それは二通の手紙をもらってきたのである。
一通目は一年生の女の子からである。その子は二学期から学校に行くことを嫌がって、休みがちになっていた。吃音があって緊張するとうまくしゃべれなくなるらしい。それで嫌な思いをしたらしくて、学校には行きたくないという。
しかし、うちの子は優しく遊んでくれるのが助かっているという。同じ登校班ということもあって、幾分か支えになっているのかもしれない。お互い兄弟がいないので、一人っ子同士ちょうどいい何かがあるのかもしれない。
そんなことがあったのを手紙をもらうまで知らなかった。
今までいろんなところで怒られることばかりだったが、これは褒められるべきことではないか。

もう一通は掃除のおばちゃんからである。うちのマンションの清掃員で、年齢的にはおばあちゃんである。あまり元気のないおばあちゃんである。おそらく、うちの息子が誰かれ構わずに自分の誕生日が来るのを嬉しくて宣伝して歩いていたので、それに付き合って律義に手紙で祝ってくれたのだろう。
手紙のお礼を言いに言ったら、感謝されたのはこっちである。

「私がつらいときに励ましてくれてありがとう」

ガチのトーンである。何があったのかは知らないが、何がすごいことがあったのだろう。

「このマンションでこの子が一番かわいい。大きくなっちゃって、すぐに私を超えちゃうね」
なんだか、身内のおばちゃんのような感じである。
よくわからないが、息子が私の知らないところで何かいいことをしているのであれば、親として褒めるべきことであろう。
そう思って帰宅後に存分に褒めたが、息子は何のことだか少しも理解していなかった。
だが、この話はさらに続く。

つい先日、家の外に救急車のサイレンが響いた。うちのマンションに来たらしい。それなりに大きな世帯数なので、珍しいことではない。
すぐに息子が家に帰ってきた。
「おばちゃんが、倒れちゃった!」
話を聞くと、息子が大好きなおばちゃんが倒れたために救急車が来たらしい。この日は息子がハロウィンのおやつをおばちゃんに届けたばかりである。

家の外に出ると、おばちゃんはすでに救急車の中に運ばれていた。なかなか搬送先が決まらないようで、15分くらいは出動しないままだった。
「おばちゃんに会いたい」
息子は外から見守っている。よほど気になるのだろう。外からは様子がわからない。横たわっているので見えないのだ。
だが、救急車が走り出す少し前に、おばちゃんが寝たまま片手だけ伸ばして手を振ってくれた。息子も手を振り返したが、寝ているので向こうからは見えてないだろう。
息子と僕はそのまま車を見送った。
「おばちゃんに会いたい」
ずっとそう繰り返していた。夜中まで心配していた。

そして今日、おばちゃんからまた手紙をもらってきた。
水分補給ができていなかったため倒れたのだという。助けてくれてありがとうと書いてあった。

これはどういうことだ。通報して助けたのは管理人だと思っていた。息子に聞くと息子は助けていないという。
息子に詳しく話を聞くと、おばちゃんが倒れていたから管理人のところへ助けを求めたのだという。

それは助けたってことなんだよ!
息子にそれを説明しても理解できない。いいことをした自覚もない。このことも少し経てば忘れてしまうだろう。

なんなんだこの子は。
実は親が知らないだけですごくいいことをたくさんやってるのかもしれない。

息子は毎日楽しそうである。嫌なことを言われてもけろっとしてる。世の中の大概のことが理解できていない。

はっきり言って、人様からは怒られることばかりである。そうなると、親としても褒めるより怒ることの方が増えてしまう。

だけど、今日はものすごく息子の功績を称えたい気持ちになった。
息子はすぐに忘れてしまうけど、偉大なことをしたと僕は思うし、それを文章に残したいと思った。

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