或る男と女、互いに無関係で

   

 騒がしい街の、
騒がしいファーストフード店、
様々な人々が色鮮やかにがやがやし、
見慣れて来ると濁って見える。
 店内の席に独りの肩まで黒髪が伸びた女が座っていて、
紙コップのちんけなコーヒーを飲みながら、
週刊誌を熟読している。
今、捲ったページを再び戻して読んだのがその証拠である。
 男、無精髭、皺だらけのワイシャツと色あせた青いジーパンを履いた男。
がやがやの中を歩き回っている。
やがて女の隣の席に空きを見つけ、
其処に座り、女に声を掛ける。
「わざわざ、こんな五月蠅い所で週刊誌なんて下らない物を読む必要なんて無いでしょうに」
 女はページを捲るのを止め、
男の方を睨むようにして見ると、答えた。
「余計なお世話。どっかへ行って」
 男は追撃する。
「見たところ、君は既に学生でも無さそうだが、こんな日曜に独りで寂しく無いのか?」
 女は眼を何かに引っ張られたかのように見開き、男を睨みつける。
「余計なお世話よ。どっかへ行ってよ」
 その声を聞く男は目論見どおりと言わんばかりの笑顔を見せ、口を開く。
「君、本当は、俺に口説かれたいんだろ? 本当は、寂しいんだろ? まあ、俺は見ての通り冴えない男だ。君が俺の予想通り面食いなら、俺の事が不快でしょうがないだろ。だが、ほんの少しでも、妥協できるんなら、一度俺とデートすべきだ。悪いようにはしない。俺はその辺のナンパ師と違って、肉体関係だけを求めたりはしていない。まあ、君と純情恋愛の末、そうなる事は在っても良いと思っているが」
「あんたになんて興味が無いの。早く何処かへ消えて」
「今日は姫様不機嫌な様だ。とりあえず、携帯の番号とアドレスを書いたメモを置いておくから、俺に興味が湧いたら連絡してくれ」
 男はそう言ってメモ書きを置き、
立ち去って行った。
女はメモを必要以上にクシャクシャに丸め、
八つ当たりが如くテーブルの上に叩きつけた。
メモは弾け飛んで軽い音を立てて床に落ちた。
喧騒の中、その音を聞いたものはいない。
女は拾う事はしなかった
 
 男は走っていた。ひたすらひたすら走っていた。
何かのためであると同時に、
何の為にでもなく。
そして疲労のため意識が遠退いて行く。
今までにこんな事は一度も無かった。
これは大変な事になったと焦る。
目の前にたまたまマンションがあったのでフラフラと入る。
とにかく水をもらう為だ。
知らないマンションの誰がいるかもわからないドアを一階の手前から順番に叩いて歩く。
どの部屋からも人が出てこない。
何度も階段に躓きながら
二階へ上がり同じようにドアを叩いて進む。
1番目2番目3番目、誰も出て来ない。
そして4番目のドアを叩く。
視界がぐるぐる回りだし吐き気がし、
身体にいよいよ限界が来たのでその時だけドアノブを思い切り捻って引っ張った。
開いた。
そこは先日ファーストフード店で声をかけたあの女の部屋であった。
女は読書をしていたようだが、
それを止め、
彼を睨みつける。
この世のどんな不幸な人にも手を差し伸べる事がなさそうな、
それはそれは冷酷な瞳で。
「ストーカーで有るとしたなら、犯罪よ」
 男にたいして萎縮する様子も無く、
静かにそうに言う。
「確実なまでに、適当にドアを開けた。そうしたら、君が居た」
 男は何故かかなり意識が戻り冷静に弁明する。
「馬鹿なこと言わないで」
「俺は正気さ」
 男は大げさな動作で両手を上へ挙げ、
潔白のポーズをし口元を綻ばせながら続けた。
「こいつは、運命だろ?」
 女は本を閉じ、
床に強く叩きつけるとその反動を利用するかの様に勢い良く立ち上がり、
男へ歩み寄る。
「そんなこと有り得てたまるもんか!」
 と、男の両肩を両手で思い切り突き飛ばした。男は一歩後退する。
「俺の事、嫌いか?」
「ただただ不愉快!」
 女は思い切りドアを閉めた。
男は振り返り、
その場所を静かに去って行った。
二人は二度と会うことはなかった。

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