動く

夏の朝、僕は仕事へ行く為電車に乗る。
始発の電車なので空いている。だから座る。
電車はダイア通り進んで行き、
駅に止まる度に、人が乗ったり降りたり。
誰が乗って誰が降りたか、
そんな事はいちいち気にせずスマホで朝のニュースを見たり、マンガを読んだりしているのだが、
ふと目をやると正面の座席に全身タトゥーだらけの男がふんぞって座っていた。
非常にかったるそうだ
顔以外は殆どタトゥーだ。
暑いからなのか、
見せびらかしたいからなのか、
黒のサイズが大きいブカブカのタンクトップに短パン。
足にもびっしり入っている。
髪の毛はスキンヘッド。
もしかしたら近々頭にも入れる予定なのかも知れない。
どっからどう見ても怖い。
あまり一つ一つのタトゥーを凝視できないので、チラッとだけ見た。
胸元から首に掛けて笑っている悪魔の顔のタトゥーが見えた。
なんとも悪趣味だなあと思う。
男はこれから仕事なのか、
帰りなのかわからないが、
両手をダラりと下げ、口をパカりと開けて眠り始めた。
これはタトゥーをよく見るチャンスだと思って見つめる。
両方の腕には何だか配線やらボルトみたいなものが描かれており、機械的だ。
サイボーグを思わせる。
両方の足は、なんちゃら菩薩みたいな和彫り。
なんとも統一感が無いと言うか、節操がないと言うか…。
任侠の人の入れ墨を褒める時、
「いい傷ですね」と褒めるらしいが、
この人にはその言葉は言えない気がした。
そもそもカタギだろうし。
「入れ墨を褒める時、いい傷ですねと言う事を知っている」自分は少々物知りだなあと自分で自分に感心する。
胸元の悪魔のタトゥーと目が合う。
不適な微笑みだ。
男は眠りが深すぎて身体を思い切り左に傾けた。
隣のサラリーマンに激突したが、男の見た目が見た目だけに、突き返す事が出来ず、
さも「僕は人に寄りかかられても気にしませんよ。怖いからじゃありません。元々こう言う性格なんです」
と言ったような表情で男にもたれ掛かられている。スマホも見たりせずジッと俯いている。怖いんだろう。
悪魔のタトゥーは相変わらずの微笑みで僕と目が合う。
男がだいぶ身体を斜めに傾けているのに、
僕と目が合うと言う事はどこから見ても目が合うように出来ているトリックアートみたいなタトゥーなんだろう。凝っているなあ。と少し感心すると同時にそう言う画法があると言う事を知っている自分に少し酔いしれる。
悪魔のタトゥーは男の身体の揺れに合わせて時折僕から目線を逸らしたりもする。
右を見たり、
左を見たり
上を見たり、
下を見たり、
目を閉じたり開けたり……?
おかしい。
目線が動いて見えるのはそう言う画法があるから解るが、
目を閉じたり開けたりするのはおかしい。
絵自体がそれほどまでに動く画法は聞いた事がない。
と言うか僕はそれほど画法に詳しくないからわからないが、多分おかしい。
僕は再び悪魔のタトゥーを見つめる。
悪魔は男の右腕の機械的なタトゥーに手を伸ばす。
手を伸ばす?? 
確実に悪魔のタトゥーは男の皮膚の上でと言うのか皮膚の中でと言うのか、
兎に角動いている。
悪魔は機械の配線を無理やり引っ張って引き千切る。配線から今まで描かれていなかった火花が散る。
男の右腕は配線がショートしているようなタトゥーになる。
リアルタイムでタトゥーの形が変わって行くなんてあり得るのか?
僕は周りの人の反応も見ようと左右を見るが、皆スマホをいじっていて見てはいない。
男が寄りかかっているサラリーマンは相変わらず固まっているし、男の右側に座っている学生は参考書を読んでいる。
再び悪魔に目をやると、胸元にいない。
消えた!?
いや、男の右足の方に移動している。
和彫りの菩薩みたいなタトゥーが座禅を組んでいる足をほどこうとしている。
やりたい放題だ。まさしく悪魔。
菩薩みたいなものは迷惑そうな顔に変わる。
菩薩のタトゥーも動くのだ!
なんなんだ?男のタトゥーは全て動くのか⁇
もう混乱に混乱を重ねながら、それでも見つめていると、
菩薩のタトゥーから悪魔に向かって
「やめなさい」
と言う吹き出しが出た。
吹き出し⁇
「いやだね。椅子に座って悟り開けよ」
と悪魔からも吹き出し。
まるで漫画のようになっている。
タトゥー同士の会話は吹き出しで行うのかと感心したいができない。なんだか怖くなって来た。
僕は頭がおかしくなってしまったのだろうか?
「自分勝手な行動は慎めよ!」
はっきりと声が聞こえた。 
声の主は左足に彫られた龍のタトゥーにまたがった二刀流の侍だ。
「如来君が嫌がってるじゃないか!やめなよ!」
菩薩のタトゥーは菩薩ではなく如来だった。
そんな事はどうでも良いが、タトゥーが喋った。
しかも侍のタトゥーなのに現代語だ。
タトゥーが喋るのは反則じゃないのか? 悪魔と如来はタトゥーの体を守って吹き出しで会話しているのに。
と何故か少し怒りを覚えたが、
これはさすがに周りの人も気付くだろうと辺りを見ると、
なんとこの車両、
全員スマホを見ている上に全員がイヤホンをしている。
そんな事ってあり得るか?どうなってんるんだよ!男に寄りかかられているサラリーマンに至ってはいつの間にやらヘッドホンをして俯いている。
何もかもが怖いぞ。タトゥーだけじゃない。
この電車も変だ。
……そう思うと目が覚めた。
僕は電車の座席に座ったまま居眠りをしていたらしい。なんだ。夢か。
よだれがベットリとワイシャツにかかっていて慌ててハンカチを取り出して拭き取った。
周りの人に見られちゃいないかと辺りを見渡すと
全員スマホをいじっているし全員イヤホンをしている。
正面を見ると相変わらず男は寝ているし、
悪魔のタトゥーは男の胸元から手を伸ばし、
隣のヘッドホンをしたサラリーマンのネクタイを引っ張っている。
遂に外界にまで進出し始めた……
サラリーマンはタトゥーの男に絡まれていると思っているのか、まだジッと下を向いて黙ってされるがままになっている。
右足の如来は椅子に座って悟りを開こうとしているし、
左足の侍は龍に刀を刺してしまい「ごめんね。申し訳ない。わざとじゃない」と言う吹き出しを出している。この侍は気まずい時は声を出さないのだろうか?
火花を散らしていた右腕の機械タトゥーへは業者っぽいおじさんのタトゥーが現れて直そうとしている。左腕にも機械的なタトゥーがあったはずだが、「国有地」と言う黒文字がデカデカと描かれているだけになっていた。
とにかく、居眠りから起きたら状況はますます酷くなっていた。
要するに夢ではない。現実なんだ。
僕はとんでもない世界を目の当たりにしているのにも関わらず居眠りしたんだ。しかもよだれが垂れるほどの熟睡。
それはそれで僕自身もおかしい……。
タトゥーの男が目を覚ます。
自分の身体を見渡すと見るからに青ざめて絶句している。
このタトゥーの男は自分のタトゥーが暴れだすなんて知らなかったようだ。
恐怖でガタガタと震え始めた。
この車両の中では一番彼がまともなのかも知れない。
とりあえず次の駅で降りようと決意すると丁度車掌のアナウンスが流れる。
「次は〜グラメマタガマ〜グラメマタガマ〜。本来は停車しますが今日はこのまま通過します。次はエセルダハルまで止まりません」
知らない駅を通過し、
次は知らない駅まで止まらないらしい。
助けてくれ。


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