善人 A GO!GO!

ここにいるのは1人のいい人。
彼を知るものは皆、口を揃えて彼の事を
「いいひと」
と言う。

どれだけ彼が「いいひと」か?
読者諸君の知り合いの中で1番いい人を思い出してみて欲しい。
そのいい人よりも数段「いいひと」。
それが彼なのだ。

ある仕事帰りの夜道「いいひと」は通り魔に刺された。
激痛と無呼吸を超えた息苦しさを感じながら地べたに倒れ込み、薄れ行く意識の中、
犯人がどうやら面識は無いが、男だと言う事はわかった。
そして自分の胴体に刃物を数回突き刺し、
そのまま去って行った事から察するに、
金目当ての強盗殺人でもないと冷静に分析。
身体が冷たくなって行くのを感じる。
全身の筋肉が消滅したのかと思うほど、
力が入らない。
ここまで来ると流石の「いいひと」もなんの感情もない。
ただ「死んだ」と思うだけだった。
目を閉じたからなのかなんなのか目の前は真っ暗になった。

目が覚めた。
刺された事は忘れていた。
ただ、とにかく生きているという事がわかった。
奇跡的に一命を取り留め、驚異的な回復。
病院のベッドの上。
彼は「いいひと」
諸々の事情を聞く。犯人は捕まっていない。
だが、「いいひと」は
自分が「生きててよかった」
くらいの感想しか持ち合わせない。
それどころか
「僕を刺した彼にも何か理由が、原因があるのだろう。僕で良ければ刺されたのも何かの縁。話を聞いてあげたい」
そう思った。
「いいひと」は大体の場面でお節介。
「いいひと」は「わるいひと」否、
そんな酷い言い方はしない。
「なにかわけがあるひと」を探す。
ぼんやりと覚えている特徴を手掛かりに勝手に捜索活動。
「いいひと」は無限にマメだ。
そして、見つけ出してしまった。
実に5年かかった。
その探している5年の間、
他にも色々な場所で様々な人に「いいひと」と呼ばれる事をした。
犯人は事件現場から徒歩5分もしない所に住んでいた。
「いいひと」は軽いサプライズくらいの気持ちで犯人の住むボロアパートのドアの呼び鈴を鳴らす。
「いいひと」の姿を見て犯人は恐れおののく。
それでも「いいひと」はズカズカと入って来ようとする。
「あなたも今まで辛かったでしょう。怖かったでしょう」
笑顔で勝手に犯人の気持ちを代弁する「いいひと」
「差し支えなければ色々お話をお聞かせ下さい」
自分の行動が差し支えないと言う確信を持ちながらこう言う言葉を吐く「いいひと」
「いいひと」は「ふべっ!」と言う唸り声と共に突然呼吸を失う。
犯人に両手で首を絞められているのだ。
反射的、本能的に犯人の両手を剥がそうと自分の両手で首下に陣取る犯人の両手を掴む。
しかし、「いいひと」は絞められながらも我に返ったように手を放す。
「いいひと」は人に抵抗する事を「わるいこと」と捉えている節があるので、そうしたのだった。
再び意識が薄れ行き、今度は二度と戻らなかった。

「いいひと」はあの世で言った。
「へー。ぼく、その人に絞め殺されちゃったんですか」
やかましい話である。

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