かうんせらー

僕は心理カウセリングを受けに来ている。
仕事や人間関係で疲れているからだ。
かかりつけとなった先生に最近の話を聞いてもらい、僕は何某な心理状態になりやすいとか、何某な精神状態の時には何某な考えに陥りやすい傾向にあるだとか、一通りアドバイスのようなものももらう。
「それでは、また何かあったら来てくださいね」
と言われ部屋を後にする。
これでしばらくは気持ちが楽になるだろう。

私は今心療内科へカウセリングを受けに来ている。
普段は心理カウンセラーをしているのだが、
来る日も来る日も人の悩みを聞き続けるのも精神的に参るからだ。
休日の日はよくこうしてかかりつけの心理カウンセラーの元へやって来る。
この先生は本当に良く話を聞いてくれる。真面目な口調である事が多いが、時折り冗談を言って微笑むあの可愛らしい笑顔が堪らない。
この先生と付き合えたら、心理カウンセラーである私が心理カウンセリングに通う必要がなくなるんではないかと思ったりもする。
しかし、私も同業者だからよくわかる。
患者として来た人間に異性として好意を抱かれる事がどれだけウザい事か私は知っている。
以前、この先生とは真逆で脂ギトギトの顔と頭の男。週に一度現れて、私の事を舐め回すように見てくる。
「僕の1番の悩みは先生なんです」と最悪な事を言われた事もある。
最近来なくなったがどうなったのかは知った事じゃない。
一通り話を聞いてもらい、何度かあの可愛らしい微笑みを拝んで帰る。
「また何かあったら来て下さいね」
これでしばらく気持ちは楽になるだろう。

オイラは心理カウンセリングに来ている。
オイラは普段心理カウンセラーをやっているのだが、人の暗い過去やどうでも良い悩みを聞くのも心にダメージが来るからだ。
ちょっと前までは頭の中では自分の事を
「オイラ」と言う事で遊び心を持ち、耐えて来たがもうダメらしい。そもそも自分の事を頭ん中で「オイラ」なんて真剣に言い始めた時点で精神はおかしな方向に歩み出している事を心理学やら精神分析を勉強したオイラには実はわかっていた。
ここの先生は白髪ボサボサのいかにもと言う様なお爺ちゃん先生だが、同じ心理カウンセラー界隈でもすこぶる評判がいい。
対話すると特に真新しい事をやっているわけではないのだが、そののんびりした話口調、その割にはっきりとした歯に衣着せぬ物のいい、
しかし、こちらが何を言っても「ああ、そうですか」と大らかに理解を示してくれる。
「またいつでもどうぞ」
オイラは家路に着く。これでしばらくは気持ちが楽になるだろう。本当は昨日来るはずだったが、あの新井だか新田とか言ういつもの女が急に予約日をずらしてきたせいで来れなかった。
でもまあ、結果オーライ。身体が軽い。

私は今、石を、見つめている。川原で拾った。両手で持てば何とか持ち運べる。そんな石だ。
30年前、川原でこれを見つけた時、何故だろうか、「これだ」と思った。いつもより川原からの帰りに時間をかけて持ち帰った。
部屋の片隅にこの石専用のゴザを敷いて、それを、見つめている。
「全く今日も、嫌になってしまう。人の悩み、いや、愚痴だ。聞かされて、ばっかりだ。顔も知らない、赤の他人の、話を聞いて、勝手に気落ちして、私の所へ、相談に来る。人の悩みに侵された人間の、悩みはそれはそれは、冷たくて苦いよ。いつから私は同業者の、相談役になったんだ?まあ、君にあまり言うと、私があいつらにされてる事と、同じ事を君に、していることになるからね。今日も、この辺りでやめておくよ」
自らしゃべり、自ら切り上げ、私は部屋を出る。これで気持ちが楽になった。明日も人の悩みを、聞いてやれるだろう

僕は、石、らしい。たまに、お爺ちゃんが、
「なあ石よ」と言うから、僕の名前は、「石」、らしい。
気がつくと、お爺ちゃんが、僕に話かけていた。
「よく25年も、私の話を、聞いてくれた」
とちょっと前に、言われた事が、あったので、
もっと前から、お爺ちゃんは、僕に話しかけているんだろう。
僕は喋れないけど、言葉は、わかるようになったよ。
お爺ちゃんは、人の、文句や、悩みを、聞きすぎて、疲れちゃうんだってね。
でも、僕は、お爺ちゃんの、悩みとか聞いても、疲れないよ。
僕は、石だから。
みんな僕みたいになれば、お爺ちゃんも、お客さんも楽なのにね。

石。がある。



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