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halfmoon / moooove!! は″いずれもドラマ主題歌で5/23に両A面リリースされた”という現象込みで作品なのでCDで持っておきたいという圧記事

もうタイトルで全部言ってた。

でも、一応何でそう思うか聞いてほしい。
あ、ちなみにあんまり時間ないので今回断言口調です。


halfmoonとmoooove!!、好対照すぎる

だって見て。
今打ってて気づいたけど、どっちもmooって入ってる。
いやそれもですが、もっとあるの。聞いて。


■上空のhalfmoon / 地上のmoooove!!

おい、田舎民。東京の夜空って青いよな。

急に親しんでゴメン。私も田舎民だから許して欲しい。
でもこの感覚を共有しておきたいんです。
何故なら、halfmoonとmoooove!!を語る時に「夜空の色」は外せないので。
何もねぇ田舎の夜空は、限りなく黒に近い濃紺です。
一方東京の夜空を地上から見ると青いです。断言します。
ネオンの光で空が照らされて、もう少し明度の高い、青寄りの紺に見えます。
バチェラーよろしく、上空からヘリで東京の夜景を見下ろす画を想像すると、そのグラデーションが分かるんじゃないでしょうか。

halfmoonの夜空は濃紺でなければならない。
それは、月と星、そして東京タワーが最も美しく見える背景でなければならないから。
一方、moooove!!の夜空は「青く染まる夜」と明言されているので、青。
同じ東京という街の夜を、上空から見るのがhalfmoon、地上から見上げるのがmoooove!!


■人間関係の閉塞感の差

halfmoonは、ドラマ上三角関係ではありますが、曲単体では自分と「あなた」の中で完結する詞。2人という、極めて限定的な人間関係の歌です。

一方moooove!!は、自分対社会の、かなり開けた対立構造の詞。しかし、その自分が「僕”ら”」とさらに細分化されている。つまり、社会という大集団の中にある、僕らという小集団の歌です。
「僕ら」は、ドラマ「95」のイメージそのままですが、スイミー的連帯感で結ばれた、意思決定の所在が混沌としたチーム、という感じでしょうか。

halfmoonもmoooove!!も、閉塞的な人間関係を含む歌。
違うのは、halfmoonは人間関係内で世界が完結しているのに対し、moooove!!は閉塞的人間関係(僕ら)自体が曲の主体になっている、という点です。
ちなみに、halfmoonの方が単語の数も人間の数も少ないけど宇宙規模に視界が広い、というのが面白いですね。

■垂直交差する2曲のベクトル

halfmoonは、上空を指す東京タワー、そしてその先の月を見る、視線の動きが垂直ベクトルの歌です。
一方moooove!!は、夜空が青く見えるような、地上のネオン街を駆け回る人間模様の歌。その動きは水平ベクトルですね。人間は飛べませんから。
さらに、moooove!!と”o”を重ねた字面も、水平方向の広がりを視覚的に感じさせます。


■中継地点:いったんまとめ

halfmoonとmoooove!!は、
・上空と地上
・人間関係の閉塞感の使い方(描き方)
・垂直・水平に直交するベクトル

という点で、対照的になっている2曲です。もちろん、曲調もね。

どこまで意識されているか分からないけれど、こんな2曲がどちらもれんかいのドラマ主題歌であり、デビュー日5月23日に両A面シングルとして発売されるというこの事象自体が、もう奇跡の塊みたいなもんなんですよね。
だから、CDで手元に置きたいよね~って話。


なんですけど。
私のnoteを結構前から読んでいる方はお気づきかもしれん。


夜とか垂直水平とか、こいつ……


「このやり口、ナミウテじゃない?
こいつまたナミウテココロみたいに御託述べてんじゃない?」

そうだよ!!
moooove!!が好きすぎて、ナミウテ超えそうな勢い!!!
あんなに大好きなナミウテちゃん超える曲が(ハマってから)1年以内に出るなんて!!!

moooove!!のどこがそんなに刺さったのか、いや刺さるのは皆さん同じだろうけど、私は特にここがスゲェ!と思ったってことを書いていきます。
ここからはオマケとして聞いてほしい……んだけど、多分オマケの方が長いです。


■曲中の「批判」の方向

moooove!!って、ドラマのOPで一聴した印象だと、「若者が社会へ向ける強い反骨精神」という曲に聞こえませんか。
私はそうだと思ってた。
でも、曲購入してフルで聞くと違うんですよね。
結構、自己批判の要素もあるなと。

確かに、1番の詞は
”戯れごとにようはない” 
”術を選ばす昇ればNo.1
辿り着きさえすれば Then it's a ワンダーランド?”
と、既存の社会への批判的な目線で構成されています。

しかし!
2番はというと
”でも本当の自分は誰だと
そう簡単に言い切れない”
”「了解です」しか言えない世界で”
と、「社会の中で自分も突き抜けられないでいる」という葛藤を感じます。
感じるよね?感じて。

この、2番の詞を踏まえると、サビの
”あかさた 並べた
ルールは 聞かない素振り”
も、強い反骨精神でもって社会のルールにNoを突き付けているわけではなく、聞かない「ように」している、という個人の抵抗を表現しているように感じます。
感じて。

このように、聴いていくうちに僕自身の内面の葛藤がより鮮明に見えてくる詞の構成がまず好きですねー、いいですねー。


■時間経過によるグラデーション

ごめん、また大好きな時制の話をさせてください。
曲中に、時制を表す単語がちゃんとそろってます。
”未来” ”今”、そして”走馬灯(過去)”ですね。
この、時間経過の描き方がすごくいいんです!という話をしようよ。

まず、
”「未来は僕等の手の中」”
この「」カギカッコ、何で付いてるんだ?って思いますよね。
私の推測ですが、全体が僕の内省である中で、
「了解です」「未来は僕等の手の中」この2つのフレーズは、発話として表出した言葉なんじゃないかと。
つまり、ずーっと心の中で喋ってきたけど、
「了解です」「未来は僕等の手の中」は、他者にも聞こえるように口に出した言葉
なんじゃないかと思うのです。

まぁ、「了解です」は社会でやり取りされている無価値な音、として描かれてるかなと思います。一方で後者は、単独ではなく

”「未来は僕等の手の中」
今だけを生きていたい”

と、今を描くフレーズと対になっています。
そしてこの2行、対比であり微妙に矛盾している。
未来を見ているその視野の連続性と、”僕らの手の中”という断言、しかも「」つき。
その強さに対し、
今だけ、という視点はかなり刹那的であり、それに続く”生きていたい”も、願望という弱さを相対的に感じる。

整理すると、
未来:視野が広く強さを感じる
現在:「今だけ」と刹那的であり、願望という弱さがある

ということです。

そしてさらにここに、「走馬灯」という過去が加わります。

Your highness 自由を手に入れたってしがみつく走馬灯

走馬灯=過去の象徴から逃れられない、という、人間どころか生物の宿命を歌うことで、己の存在のちっぽけさを強調している訳です。

以上の三時制を並べると、

「確実に存在する逃げられない過去、”ありたい”とあがく現在、己を鼓舞し断言する未来」
という、精神の強さのグラデーションになっているのです。


■一点にとどまりながらmoooove!!を体現している

精神の強さのグラデーション、と書きましたが、多くの作品において、こういうグラデーションは「成長」として描かれていると思います。
しかし、moooove!!では、「成長」はしていないんですよね。
社会批判からカメラをインカメラに切り替えて、己を批判し、その上で、僕自身の過去・現在・未来の捉え方はこう違うんです、と。
過去は逃れられないし、今はあがいているけど、未来はこうだ!、の吐露なんです。
つまり、曲全編を通しての僕自身の精神は「今だけを生きていたい」そのものの状態な訳です。
葛藤と言う形で今に留まっているが、内面が社会批判と自己批判、過去と未来と揺れ動いている=mooooveしているのです。

すごい。

青年期の心の揺れを、今という物凄く短い一点を切り取って深く描きつつ、未来への希望という広がりまで感じさせている。

すごい。
あと、夜と青年期の心の揺れ組み合わせた曲私好きすぎ。
一生青年期で居たい。来月誕生日だけど。今だけを生きていたい。

今日のうちにこの魅力を語り切ったほうがいいだろ、と思いかなり駆け足で書きましたんで、読みづらいと思います。ごめんなさい。

ナミウテとmoooove!!は、夜の青年期二部作ってことにして欲しいし、三作目も待ってるから私は。


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