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84回目 "What Kind of Day Did You Have?" を読む (Part 3)。世界一の Art Critic を自認する男の議論、そしてこの男に魅せられた離婚訴訟中の女。

Saul Bellow のこのノベッラ、今回は全4章の内の第3章(Pages 319 - 344)を読みます。



1. 家庭管理の単純作業部分を任せる使用人を家族のひとりとする感覚。そんな経験が無い私は戸惑います。

リベラルな生き方を主張する一人である Katrina、彼女の親は民主党のシカゴ支部に所属して選挙運動に精を出していた農場主でした。この作品の主役 Katrina の今の家庭には自宅を管理する黒人の女性 Ysole がいます。長らく繋がっているこの Ysole とは一人としての個性を持つ家族の一員で、心の交流もあります。私にはその感覚が解るのか解らないのかすら不明な位置にいる「家族」の一員です。
(私に解るまいが、そんなこと彼らには関係はないのですが。)

1-a. 雪嵐が気になるものの飛行機は Buffalo を飛び立ちました。エリー湖の上に差し掛かり、禁煙のサインも消えるはずの頃です。

[原文 1-a] "I can tell you, now that we're in the air, Victor, that I am relieved. I wasn't sure we'd get back." The banking plane gave them a single glimpse of Lake Erie slanting green to the right, and then rose into dark-gray snow clouds. It was a bumpy flight. The headwind was strong. "Have I ever told you about my house-keeper's husband? He's a handsome old Negro who used to be a dining-car waiter. Now he gambles. Impressive to look at. Ysole's afraid of him."
  "Why are we discussing him?"
  "I wonder if I shouldn't have a talk with her husband about Ysole. If she takes money from Alfred, my ex-husband, if she should testify against me in the case, it would be serious. Alfred's lawyer could bring out that she raised me, and therefore has my number."
  "Would she want to harm you as much as that?"
  "Well, she's always been somewhat cracked. She used to call herself a conjure-woman. She's shrewd and full of the devil."
[和訳 1-a] 「ヴィクタ、飛行機が出発できて、私はほっとしました。家に帰れるのか本当に不安だったのですから。」 飛行機は方向を変えるために右側に傾いた瞬間、エリー湖、その緑色の水面が傾いて二人の目に飛び込んできました。しかし一瞬の内に飛行機は直ぐ上に迫っていた濃い灰色の雪雲の中に突っ込んで行きました。ガタガタと振動の激しい、強い向かい風です。「私の家政婦の亭主のことをお聞かせしたことはこれまでなかったと思うのですが? 食堂車のウェイターをしていたハンサムな黒人男です。今では結構な高齢ですが堂々とした風格です。ギャンブルに手をだし、イソールに心配させています。」
  「その男が私に関係あるのかね?」
  「私はイソールのことでこの亭主と相談すべきか迷っているのです。もしイソールが私の離婚訴訟中の夫から金を握らされたら、すなわち、彼女がこの訴訟の法廷で私に不利な証言をすることにでもなれば打撃が大きいと思うのです。 アルフレッドの弁護士ならイソールが子供の頃の私の世話係をしていたことを持ち出しかねません。イソールは私の内実に詳しいのです。」
  「彼女ってそこまでしてあなたを困らせたいと思うのかね?」
  「そこなの。イソールにはどこか狂ったところがあるのよ。自分のことを『知恵者の女』と自称していたこともあるのです。この女は悪賢いところがある悪人なの。」

Lines between line 28 and line 38 on page 322, "Saul
Bellow Collected Stories", a Penguin paperback

1-b. Katrina はあこがれの高名な評論家 Victor と共に、雪嵐でホテルに足止めされ、自宅に残した幼い二人の娘が気になります。

[原文 1-b] Look at it this way: There was a howling winter space between them. The squat Negro woman with her low deformed hips who pressed the telephone to her ear, framed in white hair, was far shrewder than Katrina and was (with a black nose and brown mouth formed by nature for amusement) amused by her lies and antics. Katrina considered. Suppose that I told her, "I'm in a Detroit motel with Victor Wulpy. And right now he's getting out of bed to go to the bathroom." What use could such facts be to her? Ysole said, "Your friend the cop and your sister both checked in with me."
  "If I'm not home by five, when Lilburn comes, give him a drink, and have dinner there, too."
  "This is our regular night for bingo. We go to the church supper."
  "I'll pay you fifty bucks, which is more than you can win at the church."
  Ysole said no.
  Katrina again felt: Everybody has power over me. Alfred, punishing me, the judge, the lawyers, the psychiatrist, Dotey--even the kids. They all apply standards nobody has any use for,except to stick you with. That's what drew me to Victor, that he wouldn't let anybody set conditions for him. Let's others make the concessions. That's how I'd like to be. Except that I haven't got his kind of ego, which is a whole mountain of ego. Now it's Ysole's turn. "Are you holding me up, Ysole?" she said.
[和訳 1-b] こんな見方もできます。二人(イソールとカトリーナ)の間には寒風が唸り続ける空間が腰を据えているのです。背の低い垂れ下がったヒップ・ラインの黒人女性、受話器を耳に押し当てているのですが、耳の周りは白髪が覆っています。頭の機敏さとなるとこの女性はカトリーナの敵ではありません。カトリーナの繰り出す嘘と作り話を聞き破り、笑いのタネにして楽しめるのです。(彼女の黒い鼻、焦げ茶の唇は愉快さを第一に造形されていたのです。) カトリーナの考えはこうでした。もし私が「今はデトロイトのモーテルにヴィクタ・ウィルピと一緒に居ます。彼が今しがたベッドを離れて浴室に行ったのであなたに電話したの。」なんてイソールに伝えたとして、そんな事実がイソールに何の意味があるのよ(だから別の話を作るのです)。 一方のイソールはこうでした。「あなたの友達の保安官もあなたのお姉さんも電話してきて私にあなたの居所を教えると迫るのですよ。」
  カトリーナは電話でイソールに「もし 5 時までに家に戻れなかったら、リルバン(あなたの亭主)が迎えに来たら出て行かずに飲み物を出して、更に夕食も私の家で取ってください。」と提案しました。
  「今日の夕方はビンゴ・ゲームに出かけると決まっています。教会での食事会です。」
  「私は 50 ドルのお礼をお支払いします。あなたが教会で賭けに勝ってもこれ以上に儲けるはずのない金額よ。」
イソールはダメだと言い張りました。
  拒否されたカトリーナは改めて「誰も彼もが私の行動に制限を加えるのです。アルフレッドだけではないのです、圧力を加えるのは。弁護士たち、心療技師、ドティ、そして子供たちまで圧力を加えるのです。」という思いに沈むのでした。人々、誰も彼もが自分を懲らしめることはあっても自分の役に立つことはない基準とやらを私に押し付けるのです。 この事が私をしてヴィクタに心を寄せたくするのです。ヴィクタが誰にも自分のやり方を決めることを拒絶するのはこれが理由です。周りの人に折り合うよう強いるのです。 私もこの様でありたいのです。とは言ってもヴィクタのような勝手気ままさ、山ほどもあるエゴをカトリーナは持ってはいません。 一方のイソールはこう言い返したのでした。「カトリーナ、あなたは、今日のこの日は私、イソールを拘束するお積りなのですか?」

Lines between line 1 and line 8 on page 340,
the same Penguin paperback


2. 自らの性欲には寛容な男を題材に据えるも、その男には厳とした意識で操舵する生き方が。

学生の頃以来の男、Wrangel が 、連絡を取り合うこともなく 30 有余年を経た今になって突然に現れ Victor に必死で絡みつきます。この後に始まるやり取りは、執拗なまでの、当にベロー流の「プロパガンダ小説的メッセージ」です。この作品にはこの種の箇所がちょくちょく現れます。その二つを以下に引用します。

2-a. 旧友との和やかなおしゃべりかと思って読み進んだのにベローの大演説の趣です。

[原文 2-a] A friendly chat. It was now half past two. At noon Katrina had been afraid that Victor might hit Wrangel on the head with his stick for saying "Most ideas are trivial." How well they were getting along now.
  "You didn't mean that you were any kind of John the Baptist?" said Wrangel.
  "No, it just drove me wild to be patronized."
  For the moment, Victor was being charming. "Most people know better than to lack charm." he had once told Katrina. "Even harsh people have their own harsh charm. Some are all charm, like Franklin D. Roosevelt. Some repudiate all charm, like Stalin. When all-charm and no-charm met at Yalta, no-charm won hands down." Victor in his hearts dismissed charm. Style, yes; style was essential; but charm tended to blur your thoughts. And if Victor was now charming with Wrangel, joking about John the Baptist, it was because he wanted to prevent Wrangel from bringing out his Gucci appointment book with its topic sentences on The Eighteenth Brumaire.
[和訳 2-a] 始まったのは和やかな会話です。時刻は 2 時半。正午(デトロイトで飛行機を待っていた時)にはヴィクタが今にも杖でランジャルの頭を叩くのではとカトリーナは心配したことからすると大違いです。 あの時はランジャルが「人が考える中身なんと対外は些細なものだよ。」と言ったことで、ヴィクタの心には怒りが込み上がってきたのでした。何と今回は仲良くしていることとカトリーナは感心しました。
  「あなたはご自分が洗礼者ヨハネの類の人間でありませんとおっしゃるのですね。」とランジャル。
  「そうです。自分が崇拝の対象であるかのように持ち上げられたもので腹がたったのです。」
  この間しばらく、ヴィクタはにこやかでした。「厳格でなす人であっても、その人なりの厳格な中でのにこやかさを持っているものです。常時にこやかな人はいます。フランクリン・ルーズベルトがそうでした。にこやかでいることを拒否する人もいます。スターリンがそうでした。そう、常時にこやかな男とにこやかなのを拒否する男がヤルタで会談したのですが、にこやかでない男がいとも簡単に勝利しました。」と一説を開示しました。 ヴィクタはこの種のにこやかさを心の底から否定していました。格好の良さを是としていました。格好の良さは不可欠と考えていました。にこやかさはその人が考える行為をあやふやなものにするという意見です。 今、このヴィクタがランジャルを前にしてにこやかに振る舞い、使徒ヨハネの話をしているようですが、それはランジャルがヴィクタに対してヴィクタが所持しているグッチ・ブランドの予定管理手帳を話題に持ち出すのを防ごうとしている作戦行動なのでした。この手帳とは(彼の主張、そしてこの日に予定の講演に係わる話題である)ブリュメール 18 日に係わるカギとなる話が記されている手帳です。

Lines between line 25 and line 38 on page 329,
the same Penguin paperback

2-b. 個人レベルで直面する困難と社会レベルで直面する困難、人はその頭の中でこれらをどう仕分ける?。

Katrina が Victor の病に伏せるベッドにはせ参じていた時、時を同じくして姉の Dorothea が緊急入院で手術をしていたのです。Katrina は見舞うことがかなわなかったのでした。そのことを非難する Dorothea の様子を話して聞かせた Katrina に対して Victor が返した言葉が次の通りです。

[原文 2-b] Victor was filled with scenes from world history, fully documented knowledge of evil, battles, deportations to the murder camps from the Umschlagplaztz in Warsaw, the terrible scenes during the evacuation from Saigon, and certainly he could imagine Dorothea trying to dig up her husband's corpse. But when to turn your imagination to phenomena of this class remained unclear. He had written about the "inhuman" as an element of the Modern, about the feebleness, meanness, drunkenness of modern man and of the consequences of this for art and for politics. His reputation was based upon the analyses he had made of Modernists extremism. He was the teacher of famous painters and writers. She had pored over his admirable books, yet she, you see, had to deal with him on the personal level. And on the personal level, well, he had more to say about art as a remedy for the bareness, as a cover for modern nakedness, than about the filling of personal gaps, or deficiencies. Yet even there he was not entirely predictable. He never ran out of surprises.
[和訳 2-b] Victor の頭の中は、世界史における幾つもの歴史的シーンで溢れていました。詳細に文書として残された悪魔の行為、戦闘、ワルシャワに設営されたウムシュラグ・プラッツを経て命を消滅させるキャンプへの強制的移送。加えてサイゴンからの脱出のシーン。そして今回のドロシアが(数年前に亡くなった)自分の夫をお墓から引き出そうとするシーンを想起することもできはしました。とはいってもどのような事態に置かれると、ヴィクタはドロシアの様なクラスの人のことを頭に浮かべることになるのかは不明です。この男は「非人間的な行為」を現代を象徴する特性として文章にしてきました。また現代の人間の脆弱性・虚しさ・暗さを文章にし、更にはこれら現象が芸術や政治にもたらした影響を自らが行った「モダニストたちの過激主義」の分析に基づき書き著わしました。彼は高名な芸術や著述の分野の専門家たちの教師役も務めたのです。 一方彼女はこの男の優れた著作を幾つとなく必死に読みました。しかしながら、彼女にはこの男に関するかぎりは個人的なレベルの繋がりに依存するほかなかったのです。そしてこの個人的なレベルにおいても彼は芸術の分野における考え、その不毛さを克服する策として、あるいはその露骨さを覆い隠す衣として、こうするべきだとの考えを心に温めていました。ただし、彼のこれら考えは個人的な違いの間を埋めようとするものでも、個人的な不足部分を埋めようとするものでもありません。 この男には予断を許さない意外性がつきまとっています。この男にあっては、人を驚かせるタネの尽きることがないのです。

Lines between line 34 on page 325 and
line 6 on page 326, the same Penguin paperback

《少しばかり私の読書感想を記しておきます》
 今回のノベッラをここまで読んで来て私は、「現実に繋がりの無い小説、短編なんてお気楽なお遊び、芸能にしか過ぎないとの確信に基づきベローは書き続けているのだ」と、改めて認識しました。James Baldwin の小説をプロパガンダ小説だとし、芸術的価値を低いものだと論じた評論を読んで以来、気になっていた議論ですがようやく落ち着きどころが定まって来たようです。

 この Paperback, Lines 30 - 35 on page 329 には次のような一節があります。その時々の戦争、政治権力の行使、ロシアの戦争、日本の政権に見られる「金に頼った小粒政治家の統率」を念頭の私はこれを読んでいます。

For the moment, Victor was being charming. "Most people know better than to lack charm." he had once told Katrina. "Even harsh people have their own harsh charm. Some are all charm, like Franklin D. Roosevelt. Some repudiate all charm, like Stalin. When all-charm and no-charm met at Yalta, no-charm won hands down."
know better than to do something: ~することを避ける賢さを有する
repudiate
: ~を受け入れることを拒否する
win hands down: いとも簡単に、~に勝利する


3. Study Notes の無償公開

今回の読書対象の部分、Pages 319 - 344 に対応する私の Study Notes を無償公開します。

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