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99回目 "The Four Horsemen" を読む(Part 3)。いよいよ4人の Native Speakers がテーブルを囲み進めた討論の「文字起こし」を読むことになります。

この討論会は September 2007 に Washington D.C. にあった Christopher Hitchens の自宅に4人が集まり行われたものです。

この様子を録画した映像(討議中の会話を文字化したテロップ付き)は youtube のサイトに公開されています。

この討論は Part I & II の2部に分けて文字化されこの本に収載されています。今回の記事で読むのはこの Part I です。



ここに引用するのは「Atheist 達」のいらだちの訴えです。
「Atheist 達」は宗教の Leader 達と議論をして彼らの行為(布教活動がその一例)にまつわる欺瞞を俎上にあげたいのですが、議論が成立しないのです。この本の "A DISCUSSION, Part 1" と題された合計 44 頁には彼ら Atheist 達のそれぞれが繰り返し繰り返し直面したいらだちのシーンが語られます。

1. ぶっつけ本番であるのに、話が始まるや否や、焦点の定まった討論が展開します。

これから読み進める討論、その Part 1 は Dawkins が「我々Atheists に共通する体験・経験は、宗教の信者たちからの攻撃、非難の仕方が無礼でヒステリックで声が大きすぎるなどとの攻撃です。皆さんはこのような事態をどう受け止められていますか?」と最初のテーマを提示することから始まります。以下の引用部分に至るまでのやり取り、この引用箇所の前にどのような話が交わされていたのかなと興味を持たれる方はぜひ原書を手にされる様、お勧めします。

[原文 1] Harris: But are you really offended by that? Doesn't it just seem wrong to you?
Hitchens: No, I say only, Sam, that if the offensiveness charge is to be allowed in general, and arbitrated by the media, then I think we're entitled to claim that much, without self-pitying or representing ourselves as an oppressed minority. Which I think is an opposite danger, I would admit. Mind you, I also agree with Daniel that there's no way in which the charge against us can be completely avoided, because what we say does offend the core, the very core, of any serious religious person, in the same way. We deny divinity of Jesus, for example. Many people will be terrifically shocked and possibly hurt. It's just too bad.
[和訳 1] Harris: そうはおっしゃいますが、(相手の)その発言で、本当にあなたは神経を逆撫でされたのですか? 相手のその発言が誤っているとあなたは気づいたというだけなのではなかったのですか?
Hitchens: そう、相手の発言が誤りだったというだけではありません。サム、一つだけ言わせてください、もしも感情を逆撫でする行為を非難することが広く誰にでも許されるとするならば、そしてそのような対立がマスメディアによって落ち着くところが見いだされるのだとするならば、私たちにはこれ位の異議申し立てをする権利があるはずです。私がここで言う異議申し立ては、自分たち自らを弱者だとか社会から迫害を受けている少数者だと自認してする発言ではありません。自らを弱者だと見立てたり迫害を受けている弱者であると自認するのは逆に危険なことでもあるのです。分かっておいて頂きたのですが、ダニエルの発言、すなわち私たちに向けられる非難は多かれ少なかれ完全に無くなることはないだろうことは、私にも当にその通りだと思えます。私たちの発言は心の核たる部分、いずれにしろどこかの宗教組織の主要な地位にある人の心の核たる部分を、私たちが逆撫でされるのと同様に、逆撫でするものであるのですからそんなこと当然です。相手を逆撫でする行為の一つとして、私たちはイエスの崇高さなるものを否定します。多くの人々はこの行為に対して恐れを感じ、衝撃を受け、心を逆撫でされたと感じるのです。耐えていただくしかありません(お気の毒さま)。

Lines between line 19 on page 43 and line 3 on page 44,
"The Four Horsemen" by R. Dawkins et al, Bantam Press

Hitchens が宗教団体の人々から受ける非難・攻撃・侮辱行為について、そして、Atheist たちの発言がことあるごとに宗教家たちをして冷静さを失い感情を爆発させることについて、「相手の感情を逆撫でする行為:Hurting-Feeling 与える行為」という言葉が核となって議論の焦点が定まったのです。

討議が始まって暫くすると Hitchens の訴え、特にその理論的根拠として「彼が例示した事実(イエスの気高さの否定とそれに対する信者の反応)」が有する説得力の大きさに感心させられます。


2. 宗教者を我々 Atheists が非難すると彼らは感情を逆撫でされて怒り狂います。そんな彼らに「怒り狂う必要なんて無いですよ」と追い打ちをかけます。

Hitchens が新しい話題を持ち出します。「the Catholic League なる協会の会長である Bill Donohue が「最近の芸術の世界の出来事、有名人がカトリック教徒を侮辱する絵画を描いたりするようになったこと」に対して怒るのを聞いたが、それには正当性があると Hitchens が言います。そして Harris は次のように続けます。

[原文 2] Hitchens: Yes, for example, Serrano's Piss Christ, or the elephant dung on the Virgin. And indeed, I think it's quite important that we share with Sophocles and other pre-monotheists a revulsion to desecration or to profanity. That we don't want to see churches desecrated.
Dawkins: No, indeed not.
Hitchens: Religious icons trashed, and so forth. We share an admiration for at least some of the aesthetic achievements of religion.
Harris: I think our criticism is actually more barbed that that. We're not merely offending people, we're also telling them that they're wrong to be offended.
All: Yes.
[和訳 2] Hitchens: そうです(一・二の例が思い当たります)。セラノが描いた 'Piss Christ' と題された絵、そりからヴァージン・メアリーの上に象の糞を載せた絵の話です。事実、これは重要な点なのですが、私たちはソフォクレス、そして一神教の宗教が出現するより以前の宗教の信者たち、これらの人々と同じことを考えているのです。すなわち他の人たちが大切にしていたものに危害を加えるとかそれらを侮辱するとかの行動には、私たちも嫌悪を抱きます。私たちは教会を破壊するなどの行動があってはならないと考えています。
Dawkins: そうです、本当にそうです。
Hitchens: 宗教に関わるイコンを毀損・廃棄するとかの行動ですね。宗教と交わらないものの私たちは彼ら宗教の信者たちが作り出したものの美術的な成果には、個々の作品にもよりますが高い評価を下しています。
Harris: 私たちが口にする批判には実際の処、その程度以上に鋭い棘があると私は思います。私たちは相手の人々に腹を立てさせようとしているだけではありません《訳注:キリスト教を侮辱する絵画以上に強力な攻撃を私たちは加えているとの趣旨》。私たちは同時に、腹を立てていてはダメだよとも言いつけているのですから。

Lines between line 1 and line 13 page 45, "The
Four Horsemen" by R. Dawkins et al, Bantam Press



3. 宗教指導者たちとの議論は成立しません。しかし4人のAtheist 達は、彼らは彼らの世界に生きているのだからと諦めません。宗教指導者たちをそのまま放置することはありません。

「皆さまにお話ししたいと思っていた一件があります。それは自分たちの思想・主張をして原理主義だと呼ぶ人々がいることに関するものです。Dawkins さんと私をして、ロンドンの地下鉄を爆破した犯人達と同じ原理主義者にすぎないとする論文を公表した聖職者のことです。」としてこの討議のテーブルに Hitchens が持ち出したのが次の話です。

[原文 3-1] Hitchens: He's a very senior Anglican cleric in the Diocese of Southwark. I went on the BBC with him. I asked him, 'How can you call your congregation a flock? Doesn't that say everything about your religion? That you think they're sheep?' He said, 'Well, actually I used to be the pastor in New Guinea, where there aren't any sheep.' Of course there are a lot of places where there are no sheep - the Gospel's quite hard to teach as a result. [Laughter] He said, 'We found out what the most important animal to the locals was, and I remember very well my local bishop rising to ask the Divine One to "Behold these swine".' [Laughter] His new congregation.
[和訳 3-1] Hitchens: この男は英国国教会、サウスワーク地区を従える非常に高い地位にいる聖職者です。私はこの男と二人でBBCの番組に出たことがあったのです。その番組で私は「どのような発想であなた方は教会の集会に参集する多数の信者をして動物の場合と同様に『群れ』と呼ぶのですか?」と質問しました。「この行為が一事が万事という意味であなたが属している宗教集団の内実を示しているのではないですか?」「あなた方は信者の人々を羊たちだとしか考えていないという事を示しているのではないですか?」と質問しました。この男が私に返してきた言葉は次の通りでした。「ええ、私はしばらく以前ですがニュー・ギニアで牧師をしていたことがあります。その地では羊が飼われていることがありません。その結果、そこでは『福音』を教えるのが難しいのでした。彼は続けて「現地の人々にとって最も大切な家畜が何だったかということに私は思い至りました。今でもはっきり思い出せるのですが、現地の聖職者が立ち上がって信仰に身を捧げる人々に『この地に居る多くの豚に目を向けなさい』と言ったのです。」このように教導されたのはこの男にとってその地従えることになる新しい信仰者の一団です。

Lines between line 4 and line 16 page 64, "The
Four Horsemen" by R. Dawkins et al, Bantam Press

[原文 3-2] But this is a man who deliberately does a thing like that. That's as cynical as you could wish, and as adaptive as the day is long. And he says that we who doubt it are as fundamentalist as people who blow up their fellow citizens on the London Underground. It's unconscionable. Thus, I don't really mind being accused of ridiculing or treating with contempt people like that. I just, frankly, have no choice. I have the faculty of humour, and some of it has an edge to it. I'm not going to repress that for the sake of politeness.
[和訳 3-2] この話はともかく、この時の対談相手であったこの男は事を前にして、意識的にこのような対応方法を採用する人間だったのです。だれだってこれほどまでに身勝手な(しらを切った)対応ができればなとあきれるほかないものです。どんな攻撃にも対応可能な、どこまでも有力な技法と言うしかありません。この男は更に、私、すなわち自分たちに不信を抱くものたちはロンドンの地下鉄駅にいた自分たち宗教の信者たちを爆破した輩と同じレベルの原理主義の信奉者だとまで言ってのけたのでした。恥を知れというものです。このような経緯を念頭に、私はこの手の連中をバカ者たち言ってとからかい、見下した扱いをしてやることに決めました。誰かがそんな私を非難するとも気にしません。私は正直言ってこうする以外の対応法を思いつけないのです。ところで私にはユーモアを使う能力があります。そしてこのユーモアですが鋭いヤイバをもったものもあるのです。礼儀をわきまえるという要請に従いません。このヤイバは仕舞い込んでおこうとは思いません。

Lines between line 17 on page 64 and line 2 page 65, "The
Four Horsemen" by R. Dawkins et al, Bantam Press


4. Study Notes の無償公開

今回 Part 3 の読書対象部分、Bantam Press 社の本、Pages 39-84 に対応する Study Notes を以下に無償公開します。これまで同様に A-4 用紙に両面印刷しステープラーで左綴じすることで冊子状にまとまります。